1個のゆで卵に思う −福音書と使徒行伝の世界−


■ミッション・ラザロの飯山さん(仮名)は、ネクタイとジャンパーをビシッと着こなして、仕事から帰って来ました。ガードマンの仕事が見つかったのです。まだ研修期間ということですが、彼は喜び勇んで仕事場の様子を報告してくれました。日当は6000円であって、決して良い条件というわけではありませんが、彼はイエス様が与えて下さった仕事で得るお金だから、自分にとって非常に重いものです、と前歯のない笑顔で言いいます。彼は40を少し超えたところなのですが、前歯がまったくないことで、それまでの生活の様子を知ることができるのです。彼のお父さんはある大企業の常務取締役の方でしたが、離婚してしまいました。そのことが高校生であった彼の上に影を落としました。そして彼が37歳の時、彼の運転するトラックに鬱病患者が自転車で飛び込んできて自殺を図ったのでした。このため彼は行政処分を受けて、免許を取り消され、会社が示談としてくれたため交通刑務所には行かずに済んだものの、仕事を止めざるを得なくなりました。それからの彼は人生の歯車が狂ってしまったのでした。

■彼は語ります、「正直に言って、自分はもう"やけ"になってしまって、落ちる一方でした。悪いことも何でもしました。デパートで万引きもしました。あちらこちらさ迷ったあげく、ついに寿町に流れてきました。自分は寿町は怖いところだと聞いていたのですが、行くべきところがなくなりました。そして食うや食わずで倒れていたときに、カナン教会の皆さんの"愛のパトロール"が声をかけてくれたのです。その時にもらったゆで卵がうまかったこと!本当に飢え死にしそうでしたから。そして徐先生に誘われるままに教会のお茶会に参加したんです。自分みたいな者が知らない人のところへ行くとふつうは皆さん避けるのですが、教会のラザロさんたちは違いました。とても暖かく自分を迎えてくれて、楽しい時間を持てました。それからバイブル・スタディにも出るようになりました。初めは何だかさっぱり分からなかったのですが、聖書の登場人物と自分が重なって見えて、だんだんと面白くなってきました。それまではキリスト教なんて関係ないと思っていたけど、自分ももう一度神様にかけてみよう、イエス様を信じてみようと思いました。それからずっと礼拝にも出席しています。今こうして徐先生(元美容師です)に髪の毛もきれいにカットしてもらって、ネクタイをして仕事に行けるようになるなんて、夢みたいです。神様は本当に生きているんですね。自分は弱い人間だから、神様に頼って生きるしかないんです。」

■市庁舎に寝ている時の彼は髪が肩まで伸び放題で、2週間あまりも食べるに事欠いていたため、げっそりとやせ細って、生きる気力もほとんど失せていました。目だけがギロギロして、何となく周りを警戒している感じて、少し近づきがたい部分もありました。しかし、現在の彼は髪もさっぱりと、ネクタイもジャンパーもぴったりで、颯爽とした青年です(歳よりも若く見えます)。バイブル・スタディの時の彼の目は真剣そのもので、聖書の真理を提示するごとに輝きを増して来ます。洗礼はまだなのですが、お祈りもすでに素晴らしいものです。聖書の言葉(ロゴス)が真理として信仰を伴って語り出される時、それはレーマとして人に命を与えるのです。イエスは「人を生かすのは霊である、肉は何の役にも立たない。わたしが話したことばは霊であり、またいのちである」と宣言されました。神の御言葉が人の口を通して語られる時、それは霊的ないのちを与えるレーマとなるのです。私たち言葉の務めに与る者たちは、ただこの混じりけのない真理の言葉を信仰をもって語り出すのみです。後はその言葉にある霊が命として聞いた人のうちで御業をなさるのです。

■驚くことに、飯山さんの叔父に当たる方は、実は現役の国会議員です。そのお子さん(飯山さんの従兄弟)は東大を出て、現在通産省のキャリアです。ご家族の中で飯山さんだけが、様々な人生の荒波に揉まれて、寿町に流れ着き、伸び放題の髪とボロボロの服装で、道端に横たわっていたのです。しかし彼はイエス様に出会いました。この寿町において、イエス様を見たのです。この世の物差しから見れば、親戚の方々の方を人々は羨むでしょう。しかし神の目から見れば、まさに飯山さんこそが祝されているのです。「貧しい者は幸いである。その目は神を見るからだ。」とイエス様ならば声をかけて下さるでしょう。金持ちの家の前で乞食をして出来物を犬になめられたラザロと金持ちの対比を、ここ寿町では現実の場面で見ることができるのです。この世において富と地位を得ながらもイエスを知らない人と、ボロボロの状態で寿町においてイエスに出会う人。ここには福音書あるいは使徒行伝の世界が、御言葉どおりに展開しています。一つの魂を主に導いた、たった1個のゆで卵。主は私たちが差し出す2匹の魚と5つのパンを豊かに祝して下さるのです。手ごたえのある伝道ができる場所、それがここ、横浜寿町です。(00.09.23)


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