父親学入門 (1) ―子供は最高の教師―


ΙΧΘΨΣ (さかな)


はじめに

親はなくても子は育つ』、『子供のことに男は口を出すな』これはどうも洋の東西を問わないようだ。『古代、女性は太陽であった』、これは今でも変わらない。少なくとも家庭は女性を中心に回っている。我々男性の出る幕はどこにあるのだろうか。どうもないようだ。男は家にあっては『昼行燈(ひるあんどん)』

子供が嬉々として走り回っているのが楽しい家庭のイメージ。では期待される父親像とは何だろうか。私は四人の子供が与えられ、今年末の娘が大学に入学した。これで、子育てと教育は完了したことになる。

父親とは一体何なんだ。ベンチの隅っこにいて見え隠れする『プロ野球の監督さん』、将棋盤の外にいる『将棋指し』、そして、天におられる『神様』。目には見えないけれど、とてつもなく大きいのが父親の役割だと思う。


@子供は最高の教師

長女が誕生した時、多くの方々からお祝いのことばを頂いた。その中にスペイン語の先生からの次のことばがあり、強く惹かれた。

 「男(hombre)を造る教育は『両親』が始めて、これを『配偶者』が受け継ぐ。
  そして完成させてくれるのは『子供達』である。
  子供達を立派に育て上げ、本当の男になって下さい。」


座布団に乗せて折りたたむと、おくるみになってしまうくらいにちっちゃな我が子を始めて抱いた時の感動は誰しも同じ。この子が私の『人生の先生なんだ』と思った時、子育てが大事業であることがよくわかった。以来、四人の教師に尻を叩かれながらのあわただしい四半世紀だった。

子供は親の欠点を実に良く知っている。そして、そこを徹底的に衝いてくる。『お姉ちゃんにはそうは言わなかったよ。』子供は結束して団体交渉をしてくるから、こちらの旗色は悪い。『参りました。』いつも子供には負けてしまう。子供は最高のスパルタ教師である。


Aお風呂は父親の特権

長女の最初の入浴はポリバケツの中だった。 子供達の入浴は私が担当することとなった。それは次のようないきさつがあって、志願したからである。野球好きの私はある時、有名な野球解説者の次のようなコメントに強く心が動かされた。

「優秀な投手かどうかは肘の使い方をみればわかる。 肘の上手な折り畳み方は、お産婆さんが取り出した赤ちゃんを産湯につけるしぐさを見れば参考になる。 野球が上手になりたければ、お産婆さんに弟子入りして極意を学びなさい。」

やってみると結構面白く、そして奥が深い。男性は指が長く、懐が深いので赤ちゃんをお風呂に入れるのに適している。段々に慣れてきて、最後の子の時になると、完全に遊びの境地に達していた。染め物を水で洗い流すようにお風呂の中で大きく揺すってやると、子供もニコニコ。

お風呂はリラックスが基本。壊れ物を扱うような自信のないしぐさは直ぐに子供に感染して、神経質な子供に育ってしまう。子育てはリラックスと遊び感覚で。子育てを楽しめる心境になった時、子供も強く逞しくなっていくようだ。


Bふるさと創生

東京の病院で産まれ、横浜で育った子供達。その上、おばあちゃんの家も東京。これでは『ふるさと』はコンクリ−トジャングルの中。かわいそうではありませんか。そこで、夫婦で話し合って子供達に『ふるさと』を造ってやることに決めた。場所は長野県の白馬村。1983年から殆ど毎夏、同じ所に出かけ、やることは殆ど同じことの繰り返し。

五泊六日の時間表は毎年判で押したよう。ここを子供達のふるさとにするのが目的である。日常通りでなくては意味がないと考えた。朝は一緒に散歩。午前中は少し勉強。午後は遊園地と平川で水遊び。河原の木切れを集めて飯盒炊爨(はんごうすいさん)。松本で買ったすいかの美味しかったこと。夜は、流木を集めてキャンプファイヤー。鋸を使い、なたで木を割るのも子供達にとっては、始めての楽しい経験だった。

毎年、同じ景色を見せることによって、そこが自分の居場所に変わっていく。そのうち、白馬村で冬のオリンピック開催が決まり、急に賑やかになって来た。皇室に嫁がれる小和田雅子さんが式の直前に栂池(つがいけ : 長野県北安曇郡小谷村)で最後の家族旅行を楽しまれたのもこの頃だった。『この家族にとっても、白馬の美しい山々ががこころのふるさとだったんだな。』五月の栂池に季節外れの雪が降って来た。嫁いでいく娘を思いやる父親の熱い思いが春の淡雪にマッチして、深い感動となって伝わって来たことを昨日のことのように思い出す。

糸魚川となって日本海に流れ込む大河も、ここではまだ渓流に過ぎず水はとても冷たい。真夏でも一分と足を入れてはいられない。食事をしながら、賛美はいつも聖歌687番。

  『まもなく かなたの ながれのそばで、
   たのしく あいましょ
   またともだちと かみさまの
   そばの きれいなきれいな かわで
   みんなで あつまるひの ああなつかしや』


今でもこの歌を聞くと、きらきらと輝く川面が目に浮かんで、楽しい思い出が蘇って来る。最初に五年前に天国に送った『おじいちゃんの笑顔』、そして『はしゃぐ子供達の声』。この歌は今や我が家のテーマソングとなっている。

子供達がそれぞれ家族を持った時、『自分のふるさと』としてここを家族に紹介してくれたら嬉しい。きっとその時も北アルプスの山々とそこから流れ出る渓流は温かくみんなを迎えてくれるに違いない。

   かみさまのそばの きれいなきれいなかわで
   みんなであつまるひの ああなつかしや



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