Kingdom Fellowship Church

Message Outlines

2005.06.05



結婚の奥義@

第一の人(アダム)が土(アダマ)から造られた時、神は人が独りでいるのは良くないと言われました。こうしてエバ(いのち)がアダムが眠らされている時に、そのわき腹の傷から取られた骨によって造られました。エバはアダムといのちを共有しているのです。まさにアダムにとって骨の骨、肉の肉です。これは現在、キリストと、キリストが眠らされている時にそのわき腹から流れた血と水によって誕生した教会(教界ではない!)の関係であり、私たちの内にはキリストのいのちが吹き込まれています。キリストと私たちとはひとつのいのちを共有する存在なのです。キリストは最後のアダムとして最初の人のアダムの失敗を贖い、私たちをその系列において死に渡し、復活の初穂また第二の人として、私たちをキリスト系列においてよみがえらせて下さいました。かくして私たちはすでに生きている次元が異なるのです。私たちはキリストのいのちの内に置かれ、キリストもまた私たちのうちに生きて下さっています。キリストは私たちをご自分の花嫁として傷もしみもその類の一切ない存在として御前に立たせて下さるのです。私たちはキリストにとってまさに骨の骨、肉の肉なのです。かくしてアダムとエバに始まった結婚は、現在キリストと教会として、さらに子羊と新エルサレムの宇宙的な結婚として完成します。聖書は結婚に始まり、結婚に終わるのです。その中心課題はいのちの共有です。ますます私たちの花婿なるキリストによっていのちを養っていただきましょう!



1.神のご計画

・ ご自分のパートナーを得ること(創世記2:18)


2.聖書の鳥瞰図

@アダムとエバの結婚(創世記2:23,24)

Aキリストと教会(エクレシア)の結婚(エペソ5:32)

B子羊と新エルサレムの結婚(黙示録21:2)

Cキリストは最後のアダム・第二の人であり(1コリント15:45)、新しい復活の初穂(1コリント15:20)

D教会はキリストに続く第二の新しいひとりの人(エペソ2:15)

Eキリストと教会(=私たち)はいのちを共有している(創世記2:20-23)

Fエバ(いのちorいのちを与える者)はアダムのわき腹の傷から取られた骨によって作り上げられた(buid up;参照エペソ4:12,16、5:26,27)


暗証聖句:エペソ5:26-32

キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。私たちはキリストのからだの部分だからです。 「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。