地上に降りた天国−英国KFMのフェイス・キャンプ−

ただキリストの御臨在に満たされる一週間

(リバイバル新聞掲載予定記事)



コリン・アーカートに率いられる英国キングダム・フェイス・ミニストリーズの夏の恒例のフェイス・キャンプ"Faith '02"が、ロンドンから北へ約八○キロのピータバラのショーグラウンドで、七月ニ七日から八月三日まで行われた。参加者の信仰的背景は様々であり、その数はデイ・ヴィジターを含めて約一万人、キャンプ者は約八千人で、それぞれテントやキャラバン(キャンピングカー)でキャンプを張り、毎日のセレブレーションを楽しんだ。今回は日本人も在英の方々も含めて総勢十八名が参加した。4.jpg

今年はKFM設立ニ十五周年(実は二十六周年だった)、キャンプ開始二十周年、KFC誕生十周年に当たる記念すべき年であり、ゲスト・スピーカーに米国在住のクリストファー・アラム、マラウイのスタンレイ・ドヴィ、ノルウェイのエネヴァルド・フラーテン、そして米国のジョン・ビヴェアーの四人であった。彼らは日本ではほとんど知られていないが、アフリカやヨーロッパではパワフルな油塗りの豊かな奉仕者としてよく知られている。


2.jpg一日のスケジュールは午前八時から三十分朝のプレイヤー・ミーティング、九時半から十二時半までセレブレーション、午後各種セミナーがいくつかのマーキー(小テント)で行われ、再び夜七時から十時までセレブレーションとなる。子供や青少年向けのプログラムも用意されている。なお、食事などはすべて自炊である。

セレブレーションは約八千人が収容できる納屋においてキングダム・フェイス・チャーチ(KFC)のワーシップ・チームがリードする中でディスコ会場ながらに盛り上がる。ワーシップ曲の多くはオリジナルであり、深い霊性と濃厚な油塗りに満ちている。チームには日本のドリカムのバックでトランペットを吹くラウル・ド・オリベイラもおり、今回コリンと共に彼にも取材した。

5.jpgセレブレーションの目的はただひとつ、それはキリストの御臨在を招き、その中に浸ることだけだ。コリンの導きもただそこに重点が置かれ、自分の問題や葛藤の解決を求めることを忘れ、まずキリストだけに霊と魂をチューニングすることが強調された。自己を脇に置く時、御霊による深いキリストの臨在が満ち、それぞれがキリストの御手によるミニストリーを直接に受けることにより、結果として問題も解けてしまう。というより、会場に流れる濃厚な油塗りと臨在に触れるならば、自己を忘れ去って、ただ賛美と礼拝に熱中してしまう。

その後コリンやゲストによる一時間半あまりのメッセージが提供され、メッセージの後は新たなビジョンや油塗りを受けるための招きや、知恵の言葉あるいは知識の言葉が与えられる。この際深いキリストの臨在に触れてそれぞれが必要とする癒しや解放、さらにビジョンや力を得る。また聖霊のバプテスマを求める人に対しても導きがなされ、この場で受ける人々も多い。8.jpg

そして再びワーシップに入る。この際御霊の油塗りが濃厚になる延々と夜十一時過ぎまで賛美が続く。会場の周りは延々と芝生の続く原っぱなので苦情の心配は皆無である。こうして参加者たちは自己を忘れ去って、霊を解き放ち、御霊によるキリストの臨在に満たされて、一万人が何か透明な霊的なカプセルに包まれ、まったくひとつとなる。コリンはこれを「地上に降りた天国」と表現する。

コリン・アーカートは元聖公会の教区牧師であり、六十年代初期に聖霊のバプテスマを受け、異言で祈るようになり、同時に彼の担当する教区において御霊の力強い表れが顕著になり、リバイバルが起こるようになった。七十六年から聖公会を辞して独立し、キングダム・フェイス・ニストリーズを開始した。当時彼自身はいわゆるペンテコステ運動やカリスマ運動のことはまったく知らず、霊的には"The Normal Christian Life(キリスト者の標準)"や"The Spiritual Man(霊の人)"などのウォッチマン・ニーの影響を強く受けている。

彼は福音の本質が「自己かキリストか」にあること、すなわち「魂ではなく霊による」ことを強調し、真の意味で十字架の力に対して人々の霊的覚醒を促すミニストリーを提供している。そのミニストリーの本質は、一言で言えば"Faith Working Through Love(愛によって働く信仰)"(ガラテヤ五・6)に象徴される。ワーシップの重要性を早くから訴え、KFCのワーシップ・チームはほとんどが素人であるにも関わらず、音楽的にも霊的にも優れたワーシップを提供している。今年の新曲も紹介できる予定である。