Faith2003英国ピーターバラで開催

−一万人の天的セレブレーション−
  

七月二十六日から八月一日まで英国ピーターバラ・ショウグラウンドで英国Kingdom Faith Ministries主催第二十一回フェイス・キャンプ"Faith 2003"が行なわれた。参加者は様々な背景を持ち、キャンパーとデイ・ヴィジター合わせて延べ一万人以上で過去最高。英国とヨーロッパ中心であるが、アフリカ、イスラエル、ヨルダン、さらにはイスラム圏からも参加者があり、日本からは十名が参加。スピーカーはコリン・アーカートと、昨年に続きゲスト・スピーカーとして米国のジョン・ビヴェア。霊性において深いメッセージが語られ、また新しいワーシップも何曲も紹介された。今後の英国の霊的雰囲気を変えるインパクトがあった。【取材:Dr.ルーク・カラサワ】
今回二十一回目となるFaith03は過去のキャンプとは一線を画す新しくまた深い主の霊の臨在に満ちたものだった。セレブレーションは朝と夜それぞれ四−五時間にわたり繰り返され、メッセージも都合十三回解き放たれた。最近コリン・アーカートは英国における霊的覚醒を預言したが、そのブレークスルーとなるキャンプでもあった。

Colin01.JPG前半はコリン・アーカートが、英国とヨーロッパの霊的雰囲気を変えるために、第一に私たちの父である神との関係における親密な祈りの必要性と、リバイバルに備えるために各自が主の前での取り扱いを受けることを語った。神が"私の父"であることを真に見るときに祈りは変わり、その聖なる父にふさわしい神の子としての生き方が生まれる。真理に対する妥協を一切排すべきことが語られ、特に英国で問題となるフリーメーソンと同性愛をイエスの名によって断罪した。

次に聖(ホーリネス)の実現に強調点が置かれたが、聖とは私たちが頑張って"聖化"されるものではなく、内なるキリスト御自身に私たちを通して生き出ていただくことである。自分でもがくのではなく、私たちはすでに聖とされ完成されていることを信仰によって受け取るとき、自ずと生き方が変わる。具体的ミニストリーとして、聖なる霊、知恵と啓示の霊、愛と平安と健全な思いの霊のインパーテーション(吹き込み・分与)を受ける導きがなされ、主の前に文字通りひれ伏す者が多かった。

後半はジョン・ビヴェアがプライドの対処と神御自身の権威と地上における代理権威に服し従うことが霊的祝福と恵みに与る鍵であることを自らの失敗の証しなどを交えて語った。

ワーシップも何曲も新しい曲が生まれていたが、単に音楽的にハイレベルなばかりでなく、濃厚な祈りの霊が塗り込まれ、預言的賛美に満ちたものであり、まさに主は賛美の中に臨在される。これまで紹介してきたCDに優って主イエスの臨在に濃厚に触れられる。日本では十一月上旬に発売予定。Stage01.JPG

コリン・アーカートは四十年生まれ。聖公会の地区牧師として召命を受け、その後ウォッチマン・ニーの影響により霊的な覚醒を得て自立、七十七年、現在のKingdom Faith Ministriesの基礎をウエスト・サッセクスのホーシャムに設立。九十二年には同教会誕生。またバイブル・カレッジにおいて特にヨーロッパ、アフリカからの訓練生を受け入れ、ミッションも派遣している。最近では衛星放送やラジオ、インターネット中継などのメディア戦略も拡大中。「あなたの言葉は世界中で聞かれる。」という若き日に聞いた主の語りかけに応じた結果だ。彼の著書は欧米圏ではいずれもベストセラーであり、日本でもその主要な著作の翻訳は完了しており出版準備中。

そのミニストリーはいわゆるペンテコステ・カリスマ運動とは一線を画す。焦点は、いわゆる"聖霊現象"の追求ではなく、いのちである内なるイエス・キリストの成長と表現にある。リバイバルとはまさにいのちなるキリスト御自身の増殖であり、いのちの領域である神の国の拡大である。これはウォッチマン・ニーの見たビジョンであり、きわめて忠実にそこに留まっている。「私ではなく、キリスト」−これがリバイバルの本質である。今回コリン・アーカートに対して日本での奉仕の要請もなしたが、前向きの回答が得られた。

合間には、日本の人気グループ"ドリームズ・カム・トゥルー"のバック・トランペット奏者で、今回も油塗りのあるペットとパーカッションを担当していたラウル・ド・オリベイラとのバーベキュー交流会も持たれた。大の日本びいきの彼は若い女性参加者に対してプロフェティクな励ましの言葉を語ってくれた。彼女も「主にある大胆さを得て新しい霊的ステップを踏み出します」と証しする。また日本の"リトル・レディー"として英国の兄弟姉妹に人気を得たSさんは、「英語の障壁があるとは言え、霊において深くイエス様に触れられて何か内側がすっきり爽やかに解放され、自分が変わりました」と晴々した表情で語る。しかし昨年ドリカムの元メンバーが逮捕されたことを報告すると、ラウルは心を痛め、日本の兄弟姉妹も彼らのために祈って欲しいと語っていた。

リバイバルを追求するとき、その本質を見失うならば単なる"聖霊現象"を求めるパーフォーマンス的なものに堕する。神の国はいのちの国であり、キリストが御自分の体を裂いて解き放なたれたいのちの領域である。よってリバイバルとは内なるキリストの実体化(コンフォメーション、メタモルフォーシス)とその増殖拡大である。私ではなくキリスト!現在の日本の霊的状況を見るとき、まことのリバイバルのためには、形だけの人真似からの脱皮、また精緻かつ深い真理の回復と濃厚な臨在を伴う深い霊性の成長、すなわち真理と霊によるまことの礼拝の回復と成長が鍵であろうことを実感した。


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