8月3日(土)、キャンプもすべてのスケジュールを終え、朝からそれぞれにテントやキャラバンの片付けにかかる。1週間は夢のようにあっという間に終わった感じ。もうイギリスの夏は終わりにかかった感じであり、夏の終わりの寂しさをやや感じる。みなさんと三々五々に別れを告げる。 私たちは今晩と明日の晩は私のかつてのチューターであったハンフリーの教会兼自宅に泊まることになっている。べックレスという田舎町であり、ノーウィッチのやや南の海岸線のすぐ近くである。ピーターバラからは約3時間かかるとのこと。ハンフリーは手配した2台のキャラバンを返すために4,50マイル離れたところを2往復し、午後5時頃にキャンプ場に戻るとのことで、それまでは私たちもピータバラに留まることになった。 ![]() ![]() 時間は午後4時頃で、少し早いが夕食を済ませておこうと、オートンセンターで買ったカップヌードルを試してみることにする、が、これが"Sour-Sweet(甘酸っぱい)"というラベルがあり、お湯を入れ一口食べて、「ゲッ、なんだ、これ!?」。何とも言えない味、ちょうどゲップで胃酸が戻る時のような味で(またまた失礼!)、全員お手上げ。何でこんなもの食えるんだ、彼らは・・・!?サフロン・ワーデンのパイを思い出す。 ![]() さて午後5時過ぎにようやくハンフリーが戻ってきた。これから彼の車の後をフォローして一路べックレスへ向かう。先のナヴィに目的地を入力してナヴィを開始した。たいして期待してはいなかったが、実はこれが何ともすぐれものであり、ハンフリーが走る道をそのままに誘導してくれる。 地図は出ないし、英語の女性の音声だけであるが、例えば、ラウンドアバウトがあると「100m先にラウンドアバウトがあります、少し右に曲がります。やや右寄りで接近してください」、さらに近づくと「40m先にラウンドアバウトがあります。三番目の出口を出てください」、ラウンドアバウトに入ると「もうすぐ出口です。そこを出て下さい」といったように実に細かく誘導してくれる。 「しめた、これでネス湖まで行ける!」と大いなる希望が湧いてきた。途中雨が激しくなり、フェンランドという湿地帯に葦のしげった風の強い平原地帯を走ること3時間あまり、かくしてハンフリーの教会兼自宅のすぐ前までピタリと誘導してくれたのであった。「これはスゲー!!!」と思わず叫んだが、やはりこのナヴィは日本製であった。これで結婚20周年を平和に迎えられるのだ。
彼の家(上写真)にはドイツからキャンプに参加したご婦人たち(クリスとヘルガ)が泊まっていた。まことに元気なオバチャンたちで、特にヘルガの笑いはケラケラと何とも油塗りのある笑いであった。まことに楽しい会話を楽しみに、エリザベスの食事を楽しんだ。 その晩は再びキャラバンに泊まり、翌日は日曜日で、ハンフリーの教会の礼拝に出て、午後はベックレスの街を散歩した。この街は印刷業が盛んであるらしいが、アル中とか離婚とかで問題を抱えている人々が多いとのこと。この中でミニストリーを展開するハンフリーもいろいろな困難を抱えているらしい。しかし運河の近くは歴史のある町並みが並び、金持ちの別荘などもあって、避暑地としても有名とのこと(下写真)。
街を散策するうちに、ヘルガは銀行に勤めているが、リストラされるかもしれないと打ち明けてくれた。キャンプに参加するにもずいぶんと迷ったとのこと。私はすぐさま"God will open a new way for you !"と語ると、"Really, you think so!?"、"Just, believe."と・・・。ちなみに2,3日前に彼女からメールが来たが、何でも新しいポストが得られたとのこと。前よりももっと責任あるポストだとのこと。やれやれ、偽預言者にならなくて済んだ。かなりの時間歩いたが、日差しはまた強くなり、いささか疲れを覚えた。 ![]() あなたがたも自分の子供には良いものを与えるならば、天の父はなおさらである。 |