真に生産的な土壌とは

尾田 正毅 (Masatake Oda)



はじめに

物事を成功に導くにはいくつかの要素が考えられる。 良い種、良い土壌、良い気候が三つの要素である。 良い種とは選手の資質を指している。 良い気候とは、時代の要請に合致すること。 そして、良い土壌が環境風土である。

このうち、環境風土に焦点を当てて見よう。 良い環境風土とは

@ 『反対意見も尊重される環境』
A 『水平思考に基づき機会均等が保証される環境』
B 『小さな結果も正しく評価される環境』
C 『失敗も正しい評価を受ける』
D 『情報が共有される』
E 『長期的な視野でものを見る世界』
F 『自発的な世界』



@ 『反対意見も尊重される環境』

誰でも自由に物が言え、反対意見が許される社会環境は本当に少ない。こういう家庭環境から、数多くの逸材を輩出している。この項目が最初に来るというのは最も重要であるからに他ならない。反対意見が堂々と言える家庭が日本中にどれくらい存在するだろうか。 これこそが民主化された社会であることの何よりの証明ともなる。反対意見とは単に考え方が反対であるというのではない。

『反対のための反対』もある。 反対意見を許すことは、指導者の度量の大きさを如実に示している。反対意見をも受け入れる社会は柔軟な発想を可能にする。 こういう社会は困難にぶつかった時に強さを発揮する。普段は意見が合い対立しているように見える。しかし、ものの見方、考え方に違いがあるだけで、決してお互いを拒否しているのではない。難題が降りかかった時には、逆に発想の違いが思わぬ妙案を生み出し、危機を上手に乗り切ることになる。 『正反合』は民主主義の原点である。


A 『水平思考に基づき機会均等が保証される環境』

門戸開放、機会均等は開かれた民主的な社会の重要な構成要素となっている。 性別、身分、金銭の有無、経験の有無で機会を制限される社会は決して進歩していかない。お互いを対等なパートナーとして受け入れる公平で率直な関係が出来なくては、真に画期的なものは生まれてこない。

新しい企画、偉業が達成される社会には必ず開放的な環境が整備されている。 年功序列という社会規範が強固に生きづいている日本の社会にとって、この機会均等は最も難しい条件である。

高校野球の名門である『PL学園』では30数名の部員は全員同じ時間だけ打席に立ち、同じように守備に就く。 ここには上級生と下級生の区別は存在しない。 徹底した少数精鋭主義が貫かれている。 この学校の野球部の歴史に球拾い専門の選手などいた試しがない。

この学校では全ての野球部員が将来長期間に亘って野球をプレーすることを志し、その基礎固めのためにPLへやって来る。 だから、将来の球界を背負う逸材として大切に育てられる。 この社会環境が優れた野球選手を輩出する土台ともなっている。 だから、今でも多くのジュニアの選手達はPLでプレーすることを夢見ている。

大相撲の二子山部屋の稽古はそれまでの相撲界の常識を覆す革新的なものだった。 従来は『勝ち残り』といって、勝った力士が土俵に残り、稽古相手を指名するものだった。これだと、強い者だけが残っていく。 しかし、この部屋では全ての力士が平等に土俵を占拠する。 決められた持ち時間内は勝ち負けに関係なく、土俵上に残っていなければならない。 他の力士は柔軟体操や筋肉トレーニングをして自分の番を待つ。 『見取り稽古』といって、他の力士の稽古を見るのも立派なイメージトレーニングになっている。 従来の常識を破り、近代的なトレーニング手法を取り入れた親方の叡智が偉大な業績を産み出している。

人間には大器晩成型あり、早熟型ありと千差万別である。 決して、一時的な出来の良し悪しで判断を下してはならない。 ましてや、機会を制限してはならない。 これは人生を長く経験した者なら誰でも知っている。 だから、全ての人には平等に機会が与えられるべきである。

後年、名を成した偉大な人物に『大器晩成型』が少なくない。 英語の諺に"Deep river runs slow."とある。 決して、目先の近視眼的な評価で人を偏り見てはならない。 その人の一生は限りなく成長を遂げるものである。


B 『小さな結果も正しく評価される環境』

小さな成功もきちんと整理されて、全員に公表される。小さな成功が積み重なって偉大な業績を生み出す。どんな小さな成功をも見逃すことなく、正しい評価を下していくと、全員がやる気になっていく。

ここに指導者の資質が垣間見られる。名伯楽といわれる指導者には共通して視野の広さが見られる。人は全て誉められて成長する。 小さな成功を正しく評価する姿勢は人を積極的に誉め、人を前向きにする。小さな成功を見逃していると、構成員はいつしかやる気をなくしていく。先ず、自主性を失い、全て受け身でものごとを判断するようになる。


C 『失敗も正しい評価を受ける』

逆に失敗といえども、追究されるだけでなく、挑戦した勇気は高く評価され、原因は細かく分析されて全員に共通の経験として共有される。このように双方向で情報が自由に行き巡る社会環境こそが偉大な発明発見を産み出すのである。

失敗を包み隠さず、表に出して厳しい評価を下す。しかし、当事者は決して必要以上に叱責を受けたり、とがめだてされてはならない。むしろ、堂々と挑戦した事実は高く評価されるべきである。何故なら、失敗こそが最高の財産となるからである。失敗の原因も徹底的に追及され、その対策もしっかりと建て挙げられなくてはならない。これが一番貴重な財産だからである。


D 『情報が共有される』

全員に情報が周知徹底される社会。これが開かれた社会環境の特徴である。プラスの情報だけでなく、マイナスの情報をも全員に公開する開かれた社会環境が望ましいのはいうまでもない。これは単にスポーツや企業体質だけに止まらず、家庭環境や地域環境にも適用できるものである。特に、下意上達の情報システムの構築が成功の重要な要素となってくる。特に伝統を有し、確固たる実績を誇っている団体組織にはそこだけの独特のノウハウがある。

大学受験の名門校として鳴らしている神戸の灘高校や東京の開成高校には格言化された受験勉強のノウハウが確立しており、代々受け継がれている。

灘高校では『試験期間中は絶対に答合わせをしてはならない』。答合わせをして、意気消沈して後を引いてはならない。試験は全部が終るまで評価を下すべきではない。一科目毎に一喜一憂してはならない。それを全員で徹底させている。この学校は少数精鋭主義を貫いている。優秀さはこういうところにも現われている。

開成高校には『試験で百点満点を取る必要はない。しかし、試験が終ったら、全員満点を取れるように徹底的に復習すべきである』という格言がある。高校時代に学校で一番の成績をとってみてもたいして意味もない。 誰もそんな目的のために勉強すべきではない。彼らの目的は目指す大学の入試に合格することである。普段の試験で一点や二点に拘ってみてもつまらない。教師も生徒も彼らの両親もそのことをよくわきまえている。

不動の目標が設定されており、そのために全ての努力が傾注されている。いわば普段のテストは入学試験のためのシュミレーションに過ぎない。だから、生徒は決して慌てたり、ノイローゼに陥ったりはしない。 数多くの合格の実績と経験が代々受け継がれ、生徒の一人一人に自信となっている。このように膨大な実績に基づいた指導がなされ、名門校として君臨している。


E 『長期的な視野でものを見る世界』

物事を判断する際、それくらいのスパンで判断されるのかは、重要な要素である。絶えず、評価を受けるが、決して近視眼的な評価ではなく、長期的な視野で物事が判断され、企画される社会環境が望ましい。これは、地域にある歴史的な文化遺産でも有る。 強いスポーツチームの育つ社会環境には共通点が有る。

十年先、二十年先を睨んだ選手養成、選手の起用は指導者に余程の度胸と自信がないと出来ることではない。しかも、子供の時に十年、二十年先を睨んだトレーニングをするのは選手個人には到底無理な話しである。 長期的な視野の最も大切なのは、本人が小学生の時であり、父親と母親の愛情と明確なポリシーが必要となる。

プロ野球のスーパースターであるイチローは、小学校の下級生の頃からバッティングセンター通いをしている。上級生になる頃には、マシーンの出せる120km/h台の速球では満足できなくなるほどに腕を上げている。 マシーンを特別に改造し、130km/hの豪速球を出してもらい、これをバッターボックスより外に出て打っている。こうすると、プロの投手の投げる140km/hを体感できる。 始めは全く手が出ない。 空振りの連続である。しかし、すぐにスピードに慣れ、巧みに打ちこなすようになる。 だから、12才にして既にプロのスピードについていける選手に育っている。そうなると、もう恐いもの無しである。

鉄は熱いうちに撃てという。小学生の時にはどんな過酷な環境であろうともすぐに順応できるのである。だからこそ、この時期の過ごし方が大変に重要になってくる。

その後、プロ入りするまでの数年間の歳月があった。 しかし、彼は心構えの上では既にプロの野球選手である。だから、18才でプロの選手になっても、技術的には立派なベテラン選手の貫禄を備えている。ところが、当時の土井正三監督は彼の高度な打撃理論を理解できず、二軍落ちさせている。

幸い、すぐに仰木監督に変わり、彼に見出され、一軍デビューを果している。 その後の活躍振りは誰でも知っているように、『六年連続パリーグの首位打者』である。 当分、彼を脅かすような好打者は日本球界には現われそうにない。


F 『自発的な世界』

偉大な業績は自発的で、やる気のある子供や選手達によってもたらされている。自主性、徹底した自己管理は多くの建設的な成果を生み出している。 この自発性を育成する土壌とは何だろうか。

今、我が国は歴史上過ってなかったほどの不景気に見舞われている。 特に若者の政治離れはひどく、彼らは積極的な人生設計を完全に放棄しているかのように見える。自発的に練習計画を立てる選手も少ない。 いつも監督、コーチの顔色ばかり伺う。 多くのプレーヤーは監督に気に入られて、ゲームに出してもらうことばかり考えている。

『一億総指示待ち族』という言葉は、日本人一般に蔓延している受け身の姿勢を表現している。 自発性を失った社会には活気がない。 今、日本全体に暗い闇が覆っている。 人々は出口を求めて右往左往している。 何か明るい光が見えると、一度にどっと押し寄せる。 みんな勝ち馬に乗りたがり、リスクを避けようとする。

この国に一番必要なのは積極的な人生設計のできる人材の発掘である。 多くの若者は人生に失望し、あらゆる建設的な企てから遠ざかろうとする。 政治に全く関心を示さない。 自国の歴史に何の興味も示さない。 ラジオやテレビといったメディアも刹那的な番組に終始している。 若者を始め多くの日本人はテレビの番組に失望し、レンタルビデオ屋に殺到する。

ジャーナリズムは活路を見出しかねて、読者に対して書籍の出版を勧めている。 素人の書いた作品が読者に受ける筈もない。 しかし、現実に出版される作品も素人の作品とたいした差が見られないのも事実である。

今の日本を暗い闇が覆い尽くしている。 闇と混乱が人々の心を虜にしている。 人々は出口を見出せず、ただ行き巡る。 あるのは焦燥感のみ。 焦り、苛立ち、意味もなく歩き回る。 落ち着きを失い、不安に満ちた人々。 しかし、積極的な人生設計の意欲は全く見られない。 それは政治家、実業家、指導者も同じである。 自分自身に自信が持てないので、会議を行なって賢者の声を聞こうとする。 しかし、この世の賢者は本当に意味のある発言だ出来ない。 ただ、底の浅い方法論、手続き論ばかりを述べて、その場を取り繕う。

この自発的を英語では"Proactive"と表現している。 即ち、『活動的』であって、しかも『生産的』でなくてはならない。 自由に発想し、決して必要以上に干渉を受けない世界が望ましい。


総 括

成功と失敗は紙一重といわれている。必ず結果を残し、代を重なる毎に社会的な重要度を増して行く家庭がある一方で、ますます零落していく家庭もある。この違いは何だろうか。開かれた社会、民主的な運営は繁栄の前提ともなってくる。

私達は目先の成功に目を奪われ、近視眼的な集中強化を図って失敗することが多い。 焦って物事を進めると決して巧くいかないことが多い。『急いては事を仕損ずる』。何事も焦りは禁物。 情報を差別することなく、包み隠さず公正に与え続けると、子供達はいつしか円満な判断力を持てる子供に成長している。

しかも、多くの家族に囲まれ、多くの実例を身近に見ながら成長するのが望ましい。 しかも、永遠の真理である聖書のみことばに導かれて育っていくのが望ましい。聖書の知恵は神様の知恵である。 これはこの世のいかなる賢者も及ばない。 この世の知恵は所詮は刹那的である。その場凌ぎでしかない。その場を取り繕うだけの浅はかな知恵でしかない。そんな一時的なものに惑わされていてはならない。

全ての選手や子供達には無限の可能性が宿っている。これは全ての大人が経験してきたことである。良い出合いがあって、能力をフルに伸ばすことが出来た人もいる。しかし、大多数の者は十分に能力を開発できずに終っている。

子供の可能性をどう引き出して伸ばしていけるかは指導者や両親の判断次第ということになる。特に、父親に掛かる負担は絶大であり、成功の鍵は父親の手に握られているといっても過言ではない。 上記 @ 〜 C の条件は全て父親に当てはまるものである。

我々は結果に大変な関心を図ってきた。誰でも結果に全く無関心という人はいない。誰でも良い結果を残したいと切望する。それは誰でも理解できる。しかし、結果をいつ、どこで、どのようにといった詳細になると個人差が出てくる。目先の刹那的な結果に満足する人もいる。そんな面子には拘らず、長期的な人生設計を考えて結果を出そうと努力する人もいる。

誰にとっても、結果は大切である。若いうちに、どのような結果が残せるかで人生計画が根本的に異なってくる。結果を残せという前に、結果を残せる社会環境に整備しなくてはならない。 これが大人である我々の責任である。良い社会環境を整備して、本人に努力することの大切さを十分に理解させ、高い動機付けを持たせることである。 そうすれば、必ず努力を厭わないようになる。努力することが面白くなると、自ずと結果が伴ってくる。

その意味では、結果は両親が如何に子供を扱ってきたのかという『大人の通信簿』ということになる。 結果と家庭環境は鶏と卵の関係に有る。しかし、大切なのは圧倒的に結果である。しかし、結果が出る前に環境によって既に答がわかっているともいえる。それほどに家庭環境は千差万別で、重要である。

整えられた家庭環境こそが偉大な業績を産み出す基礎にもなっている。良い地に蒔かれた種は百倍、六十倍、三十倍にも実を増やす。 その良い地とはキリストみ導かれ、愛を基盤としたクリスチャンホームである。これが成功の秘訣であると断言できる。


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