オリンピックを楽しめ



尾田 正毅


はじめに

四年に一度のオリンピックイヤー。 私はいつも同じ感慨に捕らえられる。 多くのスポーツを志す者にとってオリンピックは生涯の夢に違いない。 世紀の祭典に出場できただけでも良しとすべきである。

日本は『マスコミ大国』 米国に次ぐ多くのマスコミ関係者がオリンピック会場に詰め掛ける。 可哀相なのは日本選手団。 その殆どは『参加できただけで満足』といった選手達に過ぎない。

そんな選手達の中に、メダルの可能性が僅かでもある選手でもいようものなら大変な騒ぎが起こる。 芯小棒大に報道され、何時の間にか本人も周りのその報道を信じてしまう。 そして、いつも選手が犠牲者になって来た。


@ マスコミ用アイドルの必要性

前々回のバルセロナと前回のアトランタでは女子水泳陣が恰好の餌食となっている。 今回のシドニーでは、男性選手団は押し並べて不振の極みにある。 柔道以外は『メダルの可能性ゼロ』で、誰も見向きもしない。 僅かに相手にしてもらえそうなのが、プロが参加する『野球』と『サッカー』くらいのもの。 これでは全くお話にならない。

しかも、団体競技だけに盛り上がりに時間も掛かる。 その点、女子の水泳陣と女子マラソン選手団は恰好の餌食となる。 『金メダル』と騒ぐには手頃である。 可哀相なのは選手達。 騒ぐだけ騒がれ、ペースを乱されても、誰も責任は取ってはくれない。 オリンピックが終れば、もう祭りの後と同じである。 大騒ぎをしたことすら忘れている。 こういう扱いは決してプラスに働くことはない。

前の二回の大会で一番の犠牲者となったのが『千葉すず選手』だった。 特にバルセロナの時はひどかった。 どの報道を見ても彼女の笑顔が中心にある。 そのあどけない笑顔がどの報道にも顔を出し、彼女が中心にいる。その笑顔が、今となっては何とも侘びしい。 何故なら、彼女がオリンピック本番で全くの不振に泣き、どれほど叩かれたのかを知っているからである。


A 哀れなマスコミアイドル達

彼女は周りの期待に応えようと焦り、本番では全く別人のような泳ぎになってしまった。一言で言えば『上がってしまった』のである。 周りがもう少し気を遣ってやるべきだったと思う。 しかも、彼女は前回のアトランタでも実力を殆ど出しきれず敗れ去った。

今回は平泳ぎの田中雅美とマラソンの高橋尚子の両選手に集中している。 だから、この二人が力をフルに発揮し、メダルを取る可能性は極めて薄いと覚悟しておかなくてはならない。 事実、高橋選手は『高地トレーニング』のやり過ぎで、既に体調を崩している。 これも『有名税』と心得ておくべきである。 田中選手も賢い選手ではあるが、日本中のマスコミを相手に力を出しきれるとは到底思えない。 だから、かわいそうだが下位入賞が精一杯と見るべきだろう。


B オリンピックで華やかにデビューした伏兵達

過去の大会でも雰囲気に飲まれず、初出場ながら、実力を遺憾なく発揮し、大活躍した選手はいた。 1956年のメルボルンでは桜井孝治(三段跳び)、川島義明(マラソン)、山中 毅(水泳長距離)、1960年のローマ大会では田中聡子(背泳)、1964年の東京大会では円谷幸吉(一万、マラソン)。

近いところでは1992年のバルセロナの岩崎恭子(200平)、1996年のアトランタでは千葉真子、川上優子(一万)が彗星の如く登場し、実力以上の戦いをした。 それと男子サッカーがブラジルドリームチームを緒戦で破り、ヒーローとなったのも記憶に新しいところである。

共通点は地味な存在であって、マスコミに騒がれずに気楽にやれたことが挙げられる。 それと頭脳明晰な選手が多かった事も無視できない。 シドニーでも必ず意外な活躍をする伏兵が現われる筈である。 どういう選手が『伏兵』として我々を驚かせてくれるのか、今からワクワクする。


C スポーツアイドルを救え

スポーツ先進国といわれる北米、欧州の選手には監督、コーチとは別にスポーツカウンセラーがついており、コンディション調整に力を発揮している。 誰でも大きな国際試合を控えて、神経が研ぎ澄まされてくる。 これは決して悪い事ではない。 むしろ、望ましい事である。 この時、選手の心を試合に集中させ、心身とも最高の状態に持ってのが良い

スポーツカウンセラーの腕の見せ所である。 スポーツ選手なら誰でも自分の成績を気にする。 しかし、良いコーチは試合の直前になると、決して成績云々を口にしないという。 スポーツカウンセラーは選手個人個人の性格を熟知しており、上手に精神集中をさせている。 最後に、素晴らしいカウンセラーの一言を紹介して、この稿を終る事にしよう


第二次世界大戦の勝敗を分ける『天王山』の戦いは、有名な『連合軍のノルマンディ上陸作戦』であった。 決行前夜、最後の作戦会議を終えて、退席する将校達一人一人にアイゼンハウアー元帥はねぎらいの声を掛けていった。

緊張のあまり、まなじりを釣り上げている若い将校の肩に手を置いて、笑いながらひとこと。 『ヘーイ、ティミー、気楽にやろうぜ。』 この若い将校は我に返り、喜び勇んで帰途に着いた。 翌日彼が獅子奮迅の大活躍をし、上陸作戦の先頭を切っていたのを多くの人が目撃している。


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