Kingdom Fellowship Church
Message Outlines
2002.10.27
聖書真理シリーズ
聖霊はイエスの霊であり、イエスが回復され、栄光化された人間性を伝達し、証しし、実体化して下さるのです。旧約時代は単なる神の霊でしたが、現在御子が受肉されその人間イエスのうちに生きられたことのある霊として、イエスの栄光化によって注がれた御霊なのです。イエスは私たちの古い者を終わらせ、ご自分の新しいいのちをインプラントして下さいました。神はイエスにあって神性と人性を結合され、私たちはイエスの人間性によってキリストと結合されたのです。この意味での御霊の内住は信じる者であればだれもでもがすでに持っている満たしです。内住の御霊、いのちなるキリストを証しする御霊こそ、旧約の偉人が得ることのできなかったものです。神はイエスにおいて侵されていた人間性を回復され、さらに栄光化されました。イエスは依然として天においても人間性を帯びているのです。彼は人間をやめていません!神はそこまで人間性を尊んでくださるのですが、それは復活の領域にあるものです。死を経ていないものはコスプレです。私たちは現在キリストにあって得たこの栄光の人間性に与ることができ、私たちの体を通してキリストを表現することができます。内なるいのちの満たしは、油塗りといえます。働きのための外なる満たしは油注ぎです。うちなるキリストはすでに油注がれた方であり、その権威、力、愛などは御霊によってすでに私のものとなっています。まことのホーリネスとは私が改善されて、聖化されて得るものではなく、御霊によってインプラントされたキリストの人間性を享受することです。ますます御霊に頼り、うちなるいのちを育てていただき、その姿を明確に刻んでいただきましょう。 |
1. 油注ぎと油塗り
・ 油注ぎ:ある任務(祭司・王・預言者)のためにその頭に油を注ぐこと=機能的経綸的
外的満たし(pletho)出エジプト28:41,29:7、レビ4:3,5、1サムエル16:13、1歴代誌16:
22など
・ 油塗り:内なる御霊とその働きの表現=本質的いのちの内的満たし→1ヨハネ2:27は
日本語訳の意訳。英訳はみな「キリストからいただいた油」となっており、「注ぎ」の意
味はない。Darby訳では"unction(塗り油)"の意味。永井訳は「また汝らは彼より受け
たる膏(あぶら)、汝らのうちに居れば」で「膏」は塗る油。
※ポイント:霊の再生を受けたクリスチャンであれば、みな油をすでに得ている!
・ 日本語のわな:anointをすべて注ぎと訳したため、内的な満たしを忘れ、そのためす
でに持っている油を見失っている→聖霊派で強迫神経症的に「注ぎ」を求める理由→
安息し、いのちを楽しむことができない
・ 聖霊のバプテスマを受けることは外なる満たしにすぎない!
2. 神のご計画と御霊
・ 旧約:神の霊は単に神の霊→神性を人に届けるのみ
・ 新約:御霊は人なるイエスのうちに住む経験を得た→神性のみではなく人性(イエス
のパースン)を伝達し、証しし、実体化する
※ヨハネ7:39:原語は「御霊はまだなかった」=イエスが栄光化されていないかったから。
・聖=イエスの人性における人間性の回復と栄光化(ローマ3:23、8:30、9:23、1コリン
ト15:43、2コリント3:8,18、エペソ3:16、5:27、ピリピ3:21、コロサイ1:27、2テサロニケ2:
14)→究極の栄光は体の変貌(ピリピ3:21)
・聖の実現:うまれつきのいのちでは無理。キリストのいのちを御霊がインプラントし、
それが育つこと→教会(私たち)は神の畑(1コリント3:9)
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