Kingdom Fellowship Church
Message Outlines
2006.01.08
大祭司の胸には裁きの胸当てが着けられました。これは正方形(約22cm四方)であり、二重であり、金の環でエポデと肩当てに結合されており、3個かける4列の12個の宝石が金の枠ではめ込まれていました。肩当ては主の力を意味しますが、胸当ては主の愛を意味します。宝石には12部族の名前が刻まれていましたが、聖霊を意味する環でエポデに固定されています。同様に今や私たちの名前も主の手の平に刻まれています。宝石にはそれぞれの個性があり、主はそれぞれの個性に従って、ひとりひとりの名を呼んで下さるのです。この裁きの意味は罪の裁きではなく、導きの意味です。私たちは主の愛にあってあらゆる面で守られており、主の導きからそれることはありません。ウリムとトンミムは光と完全をもたらす聖霊と御言葉による知恵と導きを意味しますが、個の胸当ての中に入れられていました。私たち自身も義の胸当てをつけるとき、内側で甘い導きを得ることができます。神はひとりひとりに最も適切な導きを聖霊と御言葉による照明によって与えて下さるのです。今や私たちはキリストの救いの力(肩当て)、キリストの愛(胸当て)、キリストの知恵(ウリムとトンミム)を持っています。すべてはキリストの内に内包されており、私たちはすでにそれらを得ているのです。キリストの内に神たる方の豊満が宿っており、私たちもその方にあって満たされているのです。 |
1.神のご計画(=オイコノミア)
・神の家族を得、その家族の中で管理・配分・配剤を行うこと(エペソ1:10;3:2;テトス1:7)
・究極的には神の子たちの出現(ローマ8章)
2.幕屋建造の順序(出エジプト25-30章;1コリント2:9)
@契約の箱→パンの机→燭台→幕屋の幕→壁板・横木→至聖所の垂れ幕→入り口の幕→祭壇→庭→常夜燈→祭司服→聖別→祭壇→いのちの代償→手足の清め→聖別の油→香料
L大祭司の装束(28:1-38)=真の大祭司なるキリストのモロモロの徳性の絵(つづき)
・裁きの胸当て:主の愛を示す。裁きとは滅びへのものではなく、「測り与える」の意味エポデと同じ材料、3×4=12個の宝石(=イエスラエル子ら)→宝石の個性を尊重して下さる(e.g.パウロとヨハネの違い)(イザヤ43:1);真四角で二重、上下二つづつの金の環(=聖霊)でエポデに青いヒモで結ばれる→私たちは主の胸に結合されている。
・名前の刻まれた宝石→私たちの名は神の手の平に刻まれている(イザヤ49:16);主の前に記念とされる
・ウリムとトンミム(「光」と「完全」の意味)→胸当ての中に置かれ主からの導きを受ける(e.g.民数記27:21;申命記33:8)=御霊の働き(ヨハネ16:13,14);箴言では知恵は人格化されている(箴言2:10;3:18;8:12)
・主の3つの要素:肩当て=力、胸当て=愛、ウリムとトンミム=知恵→キリストを持つならばすべてを得ている!
■暗証聖句:イザヤ49:15−16;ヨハネ16:13−14;箴言3:15−18
女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。
しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。御霊はわたしの栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。
知恵は真珠よりも尊く、あなたの望むどんなものも、これとは比べられない。その右の手には長寿があり、その左の手には富と誉れがある。その道は楽しい道であり、その通り道はみな平安である。知恵は、これを堅く握る者にはいのちの木である。
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