Kingdom Fellowship Church
Message Outlines
2006.03.05
神のエコノミー(23)
−香壇・いのちの代償・手足の清め−
香壇はアカシア材に金が張られており、毎朝毎夕大祭司アロンが香を炊きました。これはまことの大祭司なるキリストが香を現在も私たちのために取り成しをしてくださっていることを意味します。また香壇では犠牲を捧げてはならず、異なる香を炊いてもなりません。香は祈りを意味します。私たちの祈りはただ主へと聖別されている必要があります。香壇は旧約では聖所にありましたが、新約では至聖所に入っています。すでに垂れ幕が裂かれているからです。興味深いのは外庭にあった洗盤が後に来ることですが、これは私たちの立場の真理(香を炊く)が、経験(清め)に先立つことを意味します。次にいのちの代償として一人当たり半シェケルを払うこと、それを幕屋の建造のために用いることが続きます。そして洗盤による手足の清めがあります。当時は何度も動物を捧げたために手が汚れたのですが、すでに一度限りのまことの犠牲が捧げられたことにより、私たちは足を洗っていただけばよいのです。世を歩むときにチリによって足は汚れますが、私たちの主は自ら私たちの足を洗ってくださる方です。この洗盤は黙示録においてはガラスの海として完成されています。そこにあるのは完成され、勝利した聖徒たちの光景であり、日々子羊を賛美するのです。 |
1.神のご計画(=オイコノミア)
・神の家族を得、その家族の中で管理・配分・配剤を行うこと(エペソ1:10;3:2;テトス1:7)
・究極的には神の子たちの出現(ローマ8章)
2.幕屋建造の順序(出エジプト25-30章;1コリント2:9)
@契約の箱→パンの机→燭台→幕屋の幕→壁板・横木→至聖所の垂れ幕→入り口の幕→祭壇→庭→常夜燈→祭司服→聖別→祭壇→いのちの代償→手足の清め→聖別の油→香料
N香の祭壇(出エジプト30:1-10)
・洗盤の前に出る→真理(霊的事実)と実際(信仰による) ・材質:アカシア材(キリストの人性)+金(キリストの神性) ・金環と横棒→担がれるため、すなわち旅の途中 ・至聖所の手前に置く→至聖所にある(ヘブル9:4)∵垂れ幕は裂かれた ・アロンが朝夕と香を炊く(アラフ=香ばしく立ち上る;黙示録8:3,4)→注意:捧げ物を燃やしてはならない、別の香を炊いてはならない(レビ10章) ・女たちの鏡(出エジプト38:7)→自分からキリストへの転機
Oいのちの代償:大人一人あたり一律銀半シェケル(1シェケル=11.4g)→幕屋建造のために用いる
P洗盤による手足の清め(比較:主は足を洗った)→当時はその度に動物を殺したため手も血で汚れたが、現在はすでにキリストが咲かれたため、捧げ物をする必要はないので手の洗いは不要(ヘブル9:25-28)、足は世との接触で穢れる
Qガラスの海での完成(黙示録15章)
■暗証聖句:出エジプト30:7,8;黙示録8:3,4;ヨハネ13:10
アロンはその祭壇で香草の香をたく。すなわち、毎朝ともし火を整えるとき、また夕暮れに、ともし火をともすときに、香をたき、代々にわたって主の御前に香りの献げ物を絶やさぬようにする。
また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。
イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」
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