Kingdom Fellowship Church

Message Outlines

2007.07.08

神の国の奥Q


イエスはカナで最初の徴をなさり、ご自身がメシアであることを証しされました。カナとは「必要のある場」を意味します。結婚生活は神の御心の中心であり、それはキリストと教会の型であり、現実の結婚生活はその霊的真理の象徴です。私たちの人間生活はこの結婚生活において成就されます。そして結婚ではしばしば私たちの人間的な要素が尽きてしまう事が起こります。しかしその欠乏に気が付き、そこまで追い詰められる事は幸いです。それは私たちの人間性の終焉です。その時、マリアのようにイエスにその欠乏を告げましょう。イエスはご自分の主権を宣言され、その満たしの時と方法は主にあることを告げられるでしょう。マリアはそれを認め、その主権に服したように、私たちもイエスの主権に服しましょう。マリアは常にそのようにして祝福を得て来ました。彼女はイエスが何者であるかを最もよく知っていたのです。そしてイエスの指示通りに動く事です。この時イエスは乾いた私たちの中に水を満たし、さらにそれをぶどう酒へと変えて下さるのです。ぶどう酒はいのちの収穫と喜びの象徴です。この徴の功績は花婿のものとされるのですが、まことの花婿はキリストであり、私たちとしては何故このような証がなされたのか、むしろ狐につままれた感覚であることでしょう。これがまことの神の栄光の瞬間です。私たちの何かが一切介入していないのです。これはまことの死と復活の原則の現れであり、私たちの全人生を支配する原則なのです。


<<週報メッセージアウトライン>>
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人となられた神B


御言葉:ヨハネ2:1−12

@カナにおける三日目の徴(1節):カナは「必要のある場」を意味するヘブル語から。三日目は1週間続く結婚式の三日目とも解される。

A婚礼は最も人間的な礼儀の場にして神の御心の中心(エペソ5:31;黙示録21:10)。

Bぶどう酒が尽きる(3節):私たちの生活、特に結婚において何かが尽きる。

Cマリアがその必要をイエスに告げる(3節)→私たちの必要を主に申し上げる時のコツ

Dイエスの回答(4節):ご自身の主権の主張;メシアであることの顕現;必要を満たす時とあり方は主に属することの主張→私たちが主ではなく、主が主であることの確認

Eマリアの応答(5節):イエスの主権と能力を認め、それに服する姿勢(cf.ルカ1:38;2:19)

F6つの水瓶(6節):目的は清め(=ユダヤの宗教);「6」の意味=6日目に造られた人

Gイエスの指示に答えること(7−8節)→水がワインに変わる(9節)

H花婿への言葉(10節):花婿は褒められたが、彼はどう感じたであろう→自分ではないのだが・・・?(=これが主の御業に対する私たちの応答であり、主の栄光の証明)

I最初の徴の意義:人間生活の中心結婚における必要に答えるイエス=死と復活の原理


■暗証聖句

2:1 三日目に、ガリラヤのカナ婚礼があって、イエスの母がそこにいた。

2:3 ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。

2:4 イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」

2:5 しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」
と言った。


2:7 イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした

2:8 イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った

2:11 イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。