Kingdom Fellowship Church



Message Outlines

2011.08.28

「義に飢え渇く者」-マタイ5:6

今私たちの住むこの国は、自らを義とし、自らを満たすために歩んできたこれまでの歩みにより、むしろ自らにより建て上げてきたものをことごとく打ち崩され、結果としてこの国自体を滅びの危機に追いやろうとしています。神の義を退け自らの義を主張する者は、この神の義により裁かれるからです。そして、それは祭司達(クリスチャン)でさえ、自らの思うままに自分の義を掲げて生きてきた、長きに渡るこれまでの歩みの責任を、今神に迫られているということすら気づかず、まさにこの国とともに裁かれようとしています。それでもなお私たちは自分の義を掲げ続けるでしょうか。神はご自身の義がこの国に満ちておられないことを嘆き、義に飢え渇いておられないでしょうか。主イエスは私たちを神の義とするため、ご自身を罪とされました。この十字架の上であらわされた主イエスの義によるしか、私達は義とされません。神の国とその義とを第一に求めよと神は言われますが、この業にしかそれをあらわすことはできないのです。神の義において、裁きとあわれみは唯一この十字架でのみ交差し、滅びはよみがえりの命へと変えられるのです。神はこの義に飢え渇く者を求めておられます。ご自身のみこころと心を一つとし、神の義が全地を覆うことを渇き求める者は誰でしょうか。そのように歩む者には、やがてその行程を走り終える時、義の冠が待っていることでしょう。キリストのいばらの冠をかぶり、主と共にこの地を歩む者は誰でしょうか。
                                 


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参照箇所: ローマ3:10-18 ;イザヤ53章; 2列王記4:1-7; マラキ4:1-6