5人家族に思う −社会が失なっているもの−
■ある主日、子供3人を連れた家族が礼拝に訪れました。奥さんは若い方なのですが、ご主人はけっこう年配の方です。子供さんは4歳位の女児を筆頭に、2歳位の男の子、そして乳児でした。奥さんの目は少し周りを警戒している感じで、何となく私達の様子をうかがっているかのような雰囲気でした。佐藤先生にお話を聞くと、次のような物語を語って下さいました。
■4年ほど前でしょうか、一人の女子高校生風の女の子が妊娠しました。ところが当の男に捨てられてしまい、寿町を大きなお腹でさ迷っていました。それを見かねたホームレスのAさんは、その女の子を自分の元に引き取ったのでした。もちろん彼自身も2,3畳のドヤの生活です。Aさん自身、幼い頃、駅で乳飲み子の弟と共に両親に捨てられた経験があります。やがて子供が産まれましたが、ミルクを買うこともできず、カナン教会に助けを求めてきたのでした。しかししばらくして彼らは姿を消しました。
■あれから4年、彼らの間には2人の子供が与えられ、見た目には5人家族としているのですが、もちろん生活はままなりません。今回は赤ちゃんのオムツを買うことができず、再び教会に援助を求めて来たのです。長女はAさんの子供ではありません。無邪気に私にしゃべりかけてくるその子の目を見て、思わず私は自分の子供の幼い頃の姿と重なってしまい、その子の顔がにじんでしまいました。
■これから寿町も命をかけた越冬の時期を迎えます。この親子は夏の間は公園の中で野宿していたそうです。私と同じBible
College出身のネパールの友人は、カトマンズで、いわゆるストリート・チルドレンを引き取って、孤児院を運営しています。それはネパールの話だと思っていました。しかしここ寿町でも、小学生くらいの女の子や幼稚園児が、夏の間、何人も深夜2時頃まで外で遊んでいるのです。彼らの無邪気さがやけに胸に突き刺さり、彼らの声がいつまでも頭の中に"こだま"している夏でした。(2000.09.29)