父の死に思う −魂の悲しみと霊の喜び−


■2000年11月7日、午前中の講義が終わるかどうかという時、胸ポケットのPHSのベルが鳴った。「来たな・・・」と直感したが、家内の言葉は果たしてそのとおりであった。午前8時15分、看病していた母がちょっと目を離したスキに、一人で静かに逝ったとのことだった。周りに学生もいるので平静を装って、「そうか、今講義中だから、後でかけなおす」と言って、いったんは切ったが、頭の中はまだ何が起きているのか整理できないでいた。自分の研究室に戻り、電話をかけ直して改めて状況を聞く。「安らかに逝ったようよ」との家内の言葉にほっとする。電話を置いて、しばし主の御前で祈った。そして聖書をおもむろに取り出し、さっとページをめくった。ここに与えられたのが証でも書いた、イザヤ32:17,18であった。熱い涙が溢れるようにこぼれて来た。それまでは感情が何だか固まっていて、状況に対する正当な感覚・感情が湧かなかったのが、ここで一気に涙と共に噴出した。このような御言葉の"検索法"は必ずしも正しいとは言えないし、人にお勧めもできないが、私はしばしばこのようにして、まさにその時に必要な御言葉を何度も与えられている。
正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものはとこしえに安らかな信頼である。
わが民は平和の住みか、安らかな宿、憂いなき休息の場所に住まう(イザヤ書 32:17,18)。

■人はこのような場面に出会うとき、感情を現実から遊離させて、内面の安定を図る自己防衛機制が備わっている。その状況にふさわしい感情がどうしても湧いてこないのである。かの無神論者にして「唯脳論」を説いている元東大教授の養老猛氏が、若き頃やはり父上の死に臨んで何等の感情も湧かない経験をされ、父親の死を実感をもって受け止めることができないないでいたのが、40を超えて電車に乗っているときに突如涙が溢れて、感情がヴィヴィッドに湧き上がってきて、それを契機に父親の死を受け止めることができるようになったと、どこかで証ししていた。このような自己防衛機制を"分離(乖離)"と呼んでいる。意識に上る現実世界の映像あるいは表象に対して、感情・情緒が分離されている経験である。これがひどくなると現実感覚が消失あるいは分解してしまう離人症に陥る。これはすべて精神の安定統合をはかるための天与のディフェンス・メカニズムである。しかし感情は適宜放出された方が良いのである。クリスチャンの素晴らしさはこのことが自由にできることにある。苦しみとか悩みが涙と共に流れ去ってしまう、この神の御前での甘い経験をするならば、多くの精神的ストレスや葛藤に陥ることはなくなる。泣きたい時に泣けばよい・・・・、神の御前で・・・・、わんわんと・・・・、すべては涙が流してくれる・・・・。主イエス自身あらゆる場面で涙を流している。自宅に帰る高速道路を走る車の中でサングラスをかけたまま大声で泣いた。

■夜、家族で田舎に向かい、親父の顔を見た。焼かれる前にどうしてもその表情を確認しておきたかったのだ。正直に告白すると、親父の顔を見るまで少し恐れを感じていた・・・。顔の覆いの白い布を取ると端正なマスクに安らかさが漂っていた。ものすごくイイ顔である。ホオーっとしている・・・。ああ、よかった。主よ、感謝します、思わず両手を上げて天を仰ぎ、神を礼拝した。しかしその顔に手を触れると・・・、ものすごく冷たい・・・。ああ、そうか・・・、ぼくはその"事実"を確認した。1週間前に握った時には暖かかった手が、今は冷たい・・・、あれほど苦しそうだった呼吸もすでに胸は上下していない、硬直が始まっていた。しかし顔の皮膚はまだ柔らかい、しかし冷たい・・・・。そして細い・・・。それにものすごく白い・・・。子供たちに人の死を経験させるために、一人一人を親父の前に近づけ、しばしのお別れを告げさせた。その親父の顔をカメラに収め、髪の毛を切った。遺髪である。ぼくは自分の墓をすでに用意しており、親父もこちらに入って欲しかったが、ノンクリスチャンの母や弟のため、いわゆる檀家の墓に入れるのである。分骨は弟に拒否されたので、せめて遺髪をと思ったのだ。

■今こうして書いている最中もその時々の親父の姿や言葉がフラッシュ・バックする。子供の時は、何となく怖かった。歩くとき足が早くて、なかなか追いつけなった。腕の力も強く、腕相撲も勝てなかった。車の運転もすごいなあ、と思っていた。尊敬していた。何でもできると思っていた。工作がうまくて、ソリやグライダーを作ってくれた。ただ理屈っぽくって、話をするとややこしくなって辟易した。ぼくのことを理解してくれるというよりは、いつも折伏されてしまうというフラストレーションを覚えた。これはつい最近まで続いた。特に信仰の話に対してはかなり頑なに拒否された。しかし、今回その親父が「おう」と言ってくれたこと、これはまさに神のあわれみ以外の何ものでもない。今年の8月に田舎に帰ったとき、親父と真正面から対決したため、ぼくの祈りに対して、親父も病人とは思えないほどの大声で「ヤメロ!ヤメロ!」と連発した。そのことを親父も気に病んでいたのだろう、今回は「イエス様のことをどなっちまったからなあ、もう来てくれないと思ってた。そうだな、キリスト様はうそを言わないものなあ・・・」と告白しつつ、手を差し伸べてくれた。その和解の手はまだ暖かく、思いのほか力があった・・・。

■これからしばらくの間、ぼくの内面では「対象喪失」を受け入れる作業が継続されていくものと思われる。この文章を書くこともその一つのプロセスである。様々の場面で親父のことを思い出しては涙がこぼれて来る。ああ、しかし感謝である。イエス様によって受け入れられ、憂いなき休息の場所に住まうようになったのだ。生きとし生ける命の源であるまことの天の父の御胸に還ったのである。魂の領域には寂しさと喪失感があるが、霊の領域では平安と喜びが満ちている。魂と霊の分離(ヘブル4:12)、不思議な感覚である。主が与えて下さった幻はまさにそのままに成就した。死と復活、これこそクリスチャンの信仰の要であり、真髄である。ここにのみわれわれの信仰のすべてがかかっている。(00.11.08)


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