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神の働きと人の責任

午前中はいつもどおり、プールとサウナ。体重が68前後から落ちるペースが落ちている。さらに落とすには、今一歩踏み込んだ意志的コントロールが要る。

ニッポンキリスト教のイロイロな人を見てきて、ひとつ感じることは、自己責任を放棄している人がいかに多いかと言うこと。いつも言うが、歯を磨かないで虫歯になると、「カミっさまはあ〜、すべての事を益として下さいます〜」。ところが事態はますます悪化して、今度は霊的パワーを持っている油注ぎの器のところにいって、祈ってもらうだの、個人預言をいただくだの・・・。「カミさまあ〜、金歯を〜」と。一言、あ・ほ・く・さ。

分かります、自分の責任を何も果たしていない。私たちはこの地上の幕屋である肉体に閉じ込められているが、これを適正に管理することが求められている。お金をはじめ、小さな事に忠実にと。歯を磨きなさいって。ダイエットをしなさいって。エキササイズをしなさいって。彼らを見ていると結局、自分で問題の種を撒き、自分で刈り取っている。すべき事をしない不作為と、すべきでない事をする作為が、実に絶妙に混ざり合って、彼らの問題を構成している。

私たちは自分の責任を果たすこと。それは神の法則に従うこと。これが信仰である。この時に初めて個々の事件もすべては測り与えらえており、すべては益となる。ニッポンキリスト教的に霊的な人たちは、ちょっとご遠慮願いたいと言うのが最近の極私的実感。ふつうのオジサン、オバサンがイイ!

イラクの事件は東京でも起こり得ますね。爆弾など持たずとも、人込みで「自爆テロだ!」と叫べば、イチコロでしょう。このような災難はまさに人災。人の側の対応の誤り。アメリカの天災は自然のもの。が、ブッシュらの指導者の判断ミスがさらに問題を深刻にする。これは人の側の責任。ブッシュもここから神のメッセージを聴くことができれば、道も開けるだろう。が、下手をすると致命傷となる。このような場合、まことの謙遜が鍵となる。その時、上からの知恵が与えられる。