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所有権は誰に?

BBSでも触れたが、私の体が自分のものであったら、かなり酷使してもいいかもしれない。私は25歳で人生に絶望した時、ふと思った、「そうだ、この体は僕のものではなく、将来の妻のものであり、子供たちのものだ・・・」と。すると他人のものだから大事にして、節制しなくてはと感じ、それまで1日20本、5年間吸っていたタバコを止めた。そして26歳で救われた。今考えると、この想いは天からものだったかも知れない。現在この体は聖霊の宮であり、主の血によって買い取られたものである。

ちなみに私の父はチェインスモーカーで、1日60本、50年以上にわたりタバコを吸った。「墓に入ってからタバコをもらってもしょうがないわい」と屁理屈をこねつつ・・・。こういった理屈は家族にとってはきわめて冷たいことに気がつかないのだ。で、ついに"Worse Than Death(死よりも残酷)"と言われるCOPD(肺気腫)で、呼吸困難のあげく逝った。CTで見ると、彼の肺はほとんどヘチマ状態だった。肺胞が崩れて互いにくっついて、スポンジ状態から、ヘチマ状態になるのだ。

自分のものであると考えると勝手気ままに陥る。しかし尊い子羊の血の値段で買われたこと、他人の所有であることを意識するならば、大事にするだろう。神のため、また家族のために自分の主義主張を下ろし、医師に体を預けて治療することもできる。N兄弟よ、ここが分かって欲しい。この体で神の栄光を現すことができたら幸いである。

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私の肺が換気機能が悪く、1秒率(1秒でどれだけ排気できるかの指標)が63%(正常は70%以上)しかなく、加えてこの時期は花粉症で呼吸が困難になることをメッセージで話したら、癒しの賜物があるY姉妹が重荷を感じてくださって、今日背中に手を当てて祈ってくださった。何だか不思議にも、胸腔内が暖かくなって、呼吸が楽になった感じ。感謝です。

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60-70年代の学生運動と、90年代のオウム真理教と、最近のホリエモンと、どこか似ていると感じるのだが。いずれも理屈は通っていても人の心の機微を置き忘れて、一種のヴァーチャルリアリティ的無機質な様を呈している。団塊の世代がホリエモンを支持しているのもうなずける。自分たちの学生時代を思い出しているだろう。で、結局、会社って誰のもの?