* 旧Dr.Luke的日々のココロ *
今、講義が終わったところであります。本日の一冊は、映画『硫黄島からの手紙』で興味を持ちました栗林忠道氏に関する本。『栗林忠道-硫黄島の死闘を指揮した名将』(PHP文庫)。
明らかに無意味とも見える絶望的な戦闘の指揮を取らざるを得なくなった同氏の言動をリアルタッチで描く。著者自身も傭兵として戦場をくぐった経験があるだけに、その描写がリアル。元々は別のエリートが赴任する予定だったが、そのエリートは体よく逃げたのだった。何のために・・・。それはただ本土への爆撃をできるだけ遅らせるため。アメリカ生活も経験している栗林にとっては、硫黄島派遣の意味は明らか。その中でアメリカ人の思考に沿って布陣を引き、作戦を立てる。かくして5日で終わるだろうと言う戦いが36日にも及び、米軍の死傷者数25,000。老練な米国指揮官のスミス氏を震撼たらしめた。最後は自ら敵陣地に突撃して果てる。
虚しいと言えば、まったく虚しい。が、彼らは「何か」に自分を注ぎ出した。天皇、それとも家族のため?こういう状況に追い込まれてなお精神の正常さを保つには、「何か」にかけるしかない。私はけっこう大石内蔵助や栗林忠道みたいな人物の生き方、というよりは死に方には心惹かれる。自分を「何か」のために注ぎ出し、捨てること。それはまったく愚かである。が、私はその愚かさに憧れる。ウォッチマン・ニーの最後にも通じるものである。もちろんこのような証しを立て得るのは格別の祝福があるからなのだが。