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表と裏の乖離

今朝も1時間ほどジョッギングとラジオ体操、そしてシャワーが爽快。

昨日書いたように、時代の流れは「新自由主義」、弱肉強食、格差はますます開く。これは御言葉どおりでもあるのだが、自己責任が求められるわけ。今後社会でも教界でもこういった人々が増え、そのフラストレーションを解消するために、健全な資産を食い潰す現象が起きてくる。事実、ネットではすでに「2ちゃんねる」や「学校裏サイト」などでそれが生じている。病んだ者、ニートだ、引き篭もりだの人々にとってはきわめて手軽に「破壊」を行うことができる。彼らは健全なもの、健やかなもの対する生理的な嫌悪感を有しているようだ。かくしてネット上には怪物のようなキャラが跋扈するようになり、そういった場面から普通の人々は遠ざかる。これがソーシャルな「グレシャムの法則」、すなわち「悪貨は良貨を駆逐する」わけ。

一方で、表では煌びやかなもの、人の目に訴えるもの、人を喜ばせるものが歓迎されるようになる。エレミヤはユダ王国の滅亡を預言したが、人々の士気をくじくとして、泥の井戸の中に放り込まれた。現代でも同じ:

だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。

大衆は一方でそのサディズム的「破壊」を行う獲物を求め、他方では表向きの「栄光」を求めるものなのだ。京大の中西教授が指摘するとおり、今回の安倍さんに対する大衆の対応を見ればよく分かる。

閉鎖空間ニッポンキリスト教は、閉鎖社会ニッポンの縮図であり、その病理を凝縮していると前から指摘しているが、今後、この表と裏の乖離はますます激しくなるであろう。表が煌びやかであればあるほど、実は裏が病んでいることを知るべきである。小泉さんはこの表を実に巧みに演出し、泳ぐ事ができる人物であり、安倍さんは裏の病理に囚われた人だった。ニッポンキリスト教界でも同様のことが起きている。表の現れによって騙されることがない者は幸いである。