* 旧Dr.Luke的日々のココロ *
私たちがキリストの御座(ベマ)において裁かれる時(2コリント5:10;白い御座ではない!)、各自のしたことはすべて露にされる。木、草、藁は焼かれ、しかし本人は火の中をくぐるかのようにして救われる(1コリント3:12-15)。
神は峻厳なる方であり、私たちの今の地上の生活がその裁きにおいて耐えられるかどうか、仮に主の名によって華々しいパファーマンスをしたとしても、それが法則によらないものであれば、主ご自身から、あなたを知らないと拒否される(マタイ7:24)。コレは永遠の滅びの宣告ではないが、千年期の王国からは排除される。
その座において耐えられるものは何か−ただ各自の十字架による死と復活を経たものだけだ。今回の亀田親子の姿を見て、まさにその裁きの場面を思った。果たして私はその場面に立ち得るであろうか?自信はまったくない。が、だからこそ自分を否んで主に頼るのみ。しかもヤコブは素晴らしいアドバイスをしてくれている。
「あわれみは裁きに打ち勝つ」。
もし私が地上においてあわれみを示すのであれば、例えば私に欠けがあったとしても、その分に応じてあわれみを受ける。朝青龍、安倍総理、そして亀田一家と、時代によって求められ、仕立てられ、踊らされたヒーローたちが落ちていく時、大衆はそのサディズム傾向を露骨に露にする。一方で少年法で残虐な犯罪を犯した者が保護されるが、18歳の少年(単なる虚勢を張った子供だよ)が今回のような場面に曝される。かくして
人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、ほらを吹き、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を畏れなくなります。また、情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなく、残忍になり、善を好まず、人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、信心を装いながら、その実、信心の力を否定するようになります和解しない者、あわれみを忘れた者
となる。これは世に対する言葉ではなく、クリスチャンに対する警鐘であると受け取るべきであろう。
げに恐ろしきは人間のココロである−特にキリスト教を信奉する者たちのそれは、自分が神の側に立っていると思い込んでいる分、不気味ですらある。
今朝も1時間ほどジョッギングとラジオ体操、そしてシャワーが爽快。
昨日書いたように、時代の流れは「新自由主義」、弱肉強食、格差はますます開く。これは御言葉どおりでもあるのだが、自己責任が求められるわけ。今後社会でも教界でもこういった人々が増え、そのフラストレーションを解消するために、健全な資産を食い潰す現象が起きてくる。事実、ネットではすでに「2ちゃんねる」や「学校裏サイト」などでそれが生じている。病んだ者、ニートだ、引き篭もりだの人々にとってはきわめて手軽に「破壊」を行うことができる。彼らは健全なもの、健やかなもの対する生理的な嫌悪感を有しているようだ。かくしてネット上には怪物のようなキャラが跋扈するようになり、そういった場面から普通の人々は遠ざかる。これがソーシャルな「グレシャムの法則」、すなわち「悪貨は良貨を駆逐する」わけ。
一方で、表では煌びやかなもの、人の目に訴えるもの、人を喜ばせるものが歓迎されるようになる。エレミヤはユダ王国の滅亡を預言したが、人々の士気をくじくとして、泥の井戸の中に放り込まれた。現代でも同じ:
だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。
大衆は一方でそのサディズム的「破壊」を行う獲物を求め、他方では表向きの「栄光」を求めるものなのだ。京大の中西教授が指摘するとおり、今回の安倍さんに対する大衆の対応を見ればよく分かる。
閉鎖空間ニッポンキリスト教は、閉鎖社会ニッポンの縮図であり、その病理を凝縮していると前から指摘しているが、今後、この表と裏の乖離はますます激しくなるであろう。表が煌びやかであればあるほど、実は裏が病んでいることを知るべきである。小泉さんはこの表を実に巧みに演出し、泳ぐ事ができる人物であり、安倍さんは裏の病理に囚われた人だった。ニッポンキリスト教界でも同様のことが起きている。表の現れによって騙されることがない者は幸いである。
Mr.Sugarが鋭い指摘をされています。ホーリネスあたりの人に読んでいただきたいですね。楽になりましょう。
・ある提言by Mr.Sugar
今朝も5時半起床。ジョッギングを1時間ほど。
キリストは宇宙的なご自分の体を造り上げておられます。彼こそはまことのボディビルダーです。ボディビルの原則は、"NO PAIN, NO GAIN"(痛みなくして、前進なし)。今、私の体は僧帽筋(肩)と大円筋(腕の後ろの付け根)と広背筋に痛みが出ています。これは昨日のトレの成果。この痛みがあるとうれしくなるわけ^^。う〜ん、キテル、キテル。これをストレッチでグーッと伸ばすのがまた楽しみ。正直、かなり痛い。が、これが実に気持ちイイ。痛みを楽しむわけだ。
こうして狙ったパーツが思い通りの反応を示して、そこが形作られることが実に喜びなわけ。ちょうど粘土細工をするようなもの。わが体は神によって土で練り上げられたのですが、それに私自身が手を入れて、思い通りにデザインしているわけ。多分、キリストも同じです。ご自分の体を思い通りにビルド・アップすることは、主にとっての大いなる喜びなのです。
●10月7日のメッセージ●
=御言葉をむさぼり食べる=
・アウトライン
・ワーシップ
・メッセージ
と称する本が久保有政氏から送られてきた。無料贈呈本で、ぜひご検討願いたいとか。「死後の回心の機会を示す8つの聖句」と副題にある。何でもセコンドチャンス論を採るセンセイが増えているのだそうだ。
私的にはどうか。聖書に明示的に書かれていないことについては、是とも非とも言えないわけ。久保氏があげている御言葉も、その解釈についてはやや?なわけで。
では、例えば、中絶された胎児の救いはどうなるのかとか・・・。ただひとつ言えることは、愛である義である御方に全幅の信頼をもって委ねるしかないでしょうね。
安倍さんはおそらく鬱病でしょうね。しかもかなり深刻かも知れません(→記事)。・・・と言った話を講義したのですが、学生が「どうして分かるのですか?」と聞くので、「表情で分かるよ」と答えると「ふーん、あたしは大丈夫かな・・・」。で、安倍さんは私より2歳上で、郷ひろみと麻原彰晃が1つ上で、私が51歳と言うと、いつもどおりの「うっそー」の反応が出て、ニンマリと言う次第(いい加減にしろよ、の声)。
その郷ひろみが最近、面白いCMに出ている。何のCMか忘れたが、車の中から松田聖子の歌を「ああ〜、わたしの恋はあ〜」と素っ頓狂なほどに歌うやつ。私たちは事情が分かっているので(皆さんも知ってますよね、松田聖子との一件・・・)、これが実に面白いのだ。ところが女子学生に聞いても、郷ひろみはかろうじて知っていても、松田聖子との件はまったく知らない。そこで延々と解説してあげると、「そうかあぁ、あのコマーシャルの意味がわかったぁ」と妙に納得してくれた。
ちなみにカラオケでも、私の定番は川島英悟の『酒と泪と男と女』とか、中村雅俊の『恋人も濡れる街角』、あるいは石原裕次郎の『みんな誰かを愛してる』でして、やや若い子たちとはズレがあるわけ。まあ、それでも楽しんではいますが(参考までに言うと、私のカラオケの腕前は82点程度・・・)。
かくして物事を理解すると言うか、ある種の価値観や感性を共有するためには、共通の体験と言う土台が必要不可欠なわけ。主イエスも、きわめて単純な日常の事物を用いて、神の国の奥義を説いたが、それは聞く側がどのような経験を持っているかによって、共有の度合いが違って来たのだ。
その意味で、イエスの喩えによる説き明かしは、単なる理論・理屈の次元ではなく、受け手の資質がモロに問われるわけ。喩えは人を選ぶのだ。30年間のナザレでの人間生活の中で、神が人として経験されたことがどのようなものであったのか、私たちがそれを味わえば味わうほどに、主の喩えの深みが分かるようになるのだ。人間としての生活経験もない、単なる頭で神学を学んだだけの偏ったキャラが多いこのニッポンキリスト教ではあるが、牧師先生たちも30年間ナザレで淡々とした人間生活を送る必要があろうかと感じている昨今ではある。
神が人になった―まさにこの奥義は偉大である。
ネット上での主にある交わりを感謝です。三つほどBlogとサイトをご紹介いたします:
・thelongstreamingully(God'sextollerさん)
・大分恵みキリスト教会(日本同盟基督教団、God'sextollerさんの所属教会)
・イエスの喜びと満足のために☆(愛知県のさっちゃんさん)
後期は月曜日の振り替え休日が多く、私たちは講義回数を保つために出勤。まあ、これまで十分遊ばせてもらいましたし、学生諸君とやりとりするのも楽しいですしね。さあ、仕事だぁ〜!
●9月23日メッセージ●
・アウトライン
・ワーシップ
・メッセージ
メッセージの中で、ちょっと粘着の病理について解説しております。また、引っかかる人がいるかも。
←コレの意味はメッセージを聞かれるとおわかりいただけます^^
精神障害者の致命的な病状は、病識が欠如している点。自分が病んでいる事を知らないか、または知っていても認めない。同じことがネットでも言えるようだ。今、Salt氏のBBSに"no name"とか「光の子」とか称する御仁が出現し、実に立派なご意見を開陳されている。チャーチスクール関係の人のようだ。かつて私のBBSでもこの件では荒れたことがあった。私の名前も出しているようですから、多分このBlogにも来られているのだろう。そのご意見はまったくもってポイントを突いており、素晴らしいもので、さらにはSaltさんに悔い改めを迫っている。いやあ、正統教会の実に立派な信徒様か、牧師先生様なのであろう。・・・が、一言、私的に指摘しておきたい:あなたは正体を隠した匿名氏なんだよ、と。
森に入り込むと一本一本の木は見えるが、森全体は見えなくなる。かくして正統教会において、例えば、楽器を使って賛美する派としない派が分かれるわけだ。これは愚かな例であると言われる神学の徒もあるかもしれないが、もっと"高級"な例を上げれば、ルターとツウィングリの15項目の同意事項の最後の「聖餐論」の項で分裂が生じて以来のプロテスタントの歴史だ。ブラザレンのダービーとニュートンの主の再臨の時期を巡る分裂も同じ。かくしてブラザレンは閉鎖的派と開放的派に分かれ、さらに分裂に次ぐ分裂を経た。
確か日本基督教団からだったか、『キリスト教の教派がよく分かる本』と言うのがあった。小生も一応持っているのだが、何と、これを読めば読むほど、分からなくなるのだ!?唯一分かるのは、戦争中、いわゆる御用教団として「我等天皇の臣民たる基督者の一致が遂にここに成就せり!」と拍手を叩きつつ、教団の何とか言う統理が宣言した時のみ。この時期は文部省公認の唯一の実にリッパな"日本合同基督教会"が実現したわけだ。・・・まあ、一言言えるのは、倒錯者たちとの関わりは論じ争うまでもなく、ご遠慮すべきであろうと言う事。これが私がニッポンキリスト教と触れて学んだ唯一の教訓なわけでして・・・。
近所の人(もう20年近くの付き合いがある)が何と幸福の科学の大川隆法総裁に心服したとかで(何と彼は信徒から「主」と呼ばれている!?)、わが家にも伝道のために来られまして、何冊もの大川センセイのご本を置いていって下さいました。大川総裁とは同じ歳、しかも同じ大学で、多分キャンパスでお会いしたかも知れません。いやあ、100万人の信徒を抱えてご立派なものです。
小生、好奇心は旺盛なもので、ご本をつい拝読しましたが、あれ、これってどこかで読んだのと似てるぞ?そうだ、『パワー・フォー・リビング』だ。神様のおっしゃるとおりを実行すれば、あなたは幸福になれ、人生の成功者となれる!これを仏様のおっしゃるとおりに実行すれば、と変えるだけで立派な幸福の科学だよ(笑)。本日のメッセージでも申し上げましたが、このレベルの福音しか伝えられないから、幸福の科学に負けるわけです。彼らの方がよほど人生の成功哲学のノウハウを持っております。
私たちの信仰と彼らの信仰の違いは何処でしょうか?十字架による死を経ているかどうか―これが私たちのすべてです!
【陰の声】それにしてもエル・カンターレなる大川総裁と、その奥様であらせられるアフロディーテ様のお二人だけの時の会話ってどんなものなのでしょう?仏の生まれ変わり様と女神様の会話って、ちょっと興味が湧きません?で、上のリンクをちょっとクリックして見てください。何だかどこぞの牧師センセイとそっくりではございませんか(笑)。
●9月16日分メッセージ
・アウトラン
・ワーシップ
・メッセージ
Dr.Lukeがこうして遊び呆けている間にも、クリスチョン・トゥデイ関係の動きが着実にあるようです。詳細は山谷さんのBlogをご参照下さい。しかし、韓国における批判者との和解が行われたなどの嘘の情報を流す事、さらにはメンバーに対する情報管理は、まさにカルトなどの閉鎖的共同体でなされるわけだが、「見ザル・聞かザル・言わザル」の兆候が明確に現れてきています。ダビデ・張の全世界へ向けてのネット説教の中で、山谷さんは極悪人とされているようです。これも面白い(笑)。果たしてニッポンキリスト教のオエライさんたちが毅然とした対応をなし得ているのであろうか?私的には、ほとんどキリスト教界的政治屋になっている何とか理事長とか、何とか主事とか、あまり信を置いてはいないのだが・・・。
Dr.Kさん夫妻とMさんとemiさんとの交わりで、午後3時過ぎから9時ごろまで、イロイロと花が咲きました。それにしてもDr.Kさんのお住まいがわが職場に近いので驚きました次第。ステーキも味のある店でしたが、これもわが通勤道路沿いではないですか!?と言うわけで、取り急ぎ、交わりを感謝でした。
(明日のメッセージがまだ用意できていないのだが、まあ、何とかなるでしょう^^)
[前置き:ローカルチャーチと言っても、ウイットネス・リーの定冠詞付きのものではありません。一般名詞です。]
英国のKingdom Faith Manchesterが World Harvest Bible Church と一緒になり、500名のメンバーとして再出発することになりました。ビジョンの一致、互いの賜物と役割の認識の一致などにより、主が導いたわけです。今後Kingdom Faithの名称は消えて、WHBCの名として進んでいきます。これについては、その地域にキリストの体が建て上げられとしてColin Urquhartも大いにサポートをしております。(→詳細はこちら)
どうでしょう、シマ意識の蔓延するニッポンキリスト教ではまずありえないことです。自分の教会の名称が消えてしまう!?それは敗北であり、挫折であり、牧師としては終わりを意味します。この世の合併においてすら、名前をどう残すかが大変なのです。三井銀行から、三井住友銀行、あるいは東京三菱UFJ銀行・・・と。これほどに名前にはこだわりがあるのですが、それは名前はまさに自己(Self)そのものだからです。よって名前が消されることは自己が消されること。私がColin Urquhartに多大な信頼を置く理由がご理解いただけると思います。
ここにローカルチャーチのあり方の模範があります。私たちはKingdom Faithを大きくし、建て上げるのではありません。名称は便宜に過ぎません。本質はそこに集うひとりひとりの兄弟姉妹、つまりキリストの体の肢体がキリストに根ざし、深く、高く、ただキリストの上にのみ建て上げられることです。ローカルチャーチはいろいろなあり方や名称で現れるでしょう。しかしキリストの体はひとつしかないのです!キリストはご自分の体を建て上げるのであって、特定の名称のいわゆる教会を建て上げるのではありません。
Q.私たちはどなたの名の下に集まり、どなたの名を残すべきなのでしょう?
今回の件は大いなる励ましを与えるものであり、本質がどこにあるのか、私たち自身も心の動機を探られるのです。彼らに大いなる主の祝福がありますように!
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また台風が・・・。ジョッギングが雨でできないので、ビリーズ・ブートキャンプをみっちりと。タップリと汗を流して、綱島温泉へ。ここは畳もひいてあって、おっちゃん・おばちゃんが弁当持参で来ているのだ。なんか、こういう雰囲気って好きですね^^電気風呂は筋肉に実に効く。冷泉と温泉を繰り返しつつ、小一時間ほど・・・。
さて、明日はひとつの仕事始めであります。夏休み明けは私が教室に入ると、生徒の羨望と嫉妬の混ざった視線を感じるのです。こちらは真っ黒、あちらは真っ白と言うわけで。君たちも来春はサクラを咲かそう。と、まあ、年中行事ではあります。
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18-19日とまた温泉を思い立ちました。那須温泉というわけで。これで遊び納め、後は12月までまっしぐら・・・。