2005年4月

夢を食べる

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家内とログハウスの展示場を見物に出かける。旅行もそうであるが、実際の旅行の行程はいわずもがな、計画を練って、その日が来るのを指折り待っている時も大いなる楽しみである。前に北海道の洞爺湖畔でログハウスを借りてキャンプをしたことがあるが、木の温もりは中々味わいがある。カタログをドッサリもらって、今、夢を食べさせてもらっている。

ちなみに主が来られるのを待ち望むことも同じ。毎日の内住の主との交わりの中で、主をエンジョイするほどに、肉体を持って復活し天に昇られた主と面と面でお会いする日を待ち望む気持ちは強くなる。その意味でクリスチャンこそ天への旅立ちの日に備えて、大いなる夢を食べて生きる幸いな人種なのだ。

マラナタ!

迷い

N兄弟に対してどのようにアプローチするか、このところ迷いに落ちている。気になっていても、関わることにある種の恐れを感じているのが正直なところ。情報が一切入ってこないのもつらいものがある。何か手がかりがないものか・・・。結局のところ、彼が自分の真実に、逃げることなく対峙するしかないのだが・・・。

 * * *

このところ株式相場が軟調。中国の反日デモや、北朝鮮の核問題などでNYダウもアップダウンしているため。買いポジションにある信用保有株にも含み損が25万ほど出ている。ひとつ仕手株にそろそろ押し目と見て、ギャンブル的に空売りをかけているが、来週の月曜日の動きに注目。株とかギャンブルの面白さは、ゲインを得ることもさることながら、"自分の読み"が当たるところにある。実は自分を高揚することは十字架の逆であるが、主に見逃してもらっている^^

私は元々理系バカで、世事や経済はまったく知らなかったが、株式投資をするようになって、かなり勉強した。財務諸表を読むために簿記の勉強もしたが、この複式簿記の知恵には感嘆した。わが家では家計簿は複式簿記で私がつけているが、毎年の貸借対照表と損益計算書ができる度に、自分の経済状況の真実を確認することができると同時に、主の真実を確認することができる。人は自分の真実からも、そして幸いなことに主の真実からも逃げられないのだ。

聖書にはこう書いてある:

 主よ、どうしてあなたの御霊から逃れることができるでしょう。・・・罪の増し加わったところには、恵もさらに増し加わった。

Commented by はちこ URL2005年04月24日(日)04:04

>人は自分の真実からも、そして幸いなことに主の真実からも逃げられない

アーメンです。

Commented by はちこ URL2005年04月24日(日)04:11

(ありゃ、間違えて送信してしまった。)
この半年あまり、ずっと「恵みとまこと(真理/真実)(ヨハネ1:14、17)」について語られています。
私たちは、自分についての真実を知れば知るほど、主の驚くべき恵みを知ることになると思います。自分を主の真理に照らし合わせるとき、嫌というほど自分についての真実を思い知らされます。でも同時に、そのときにこそ、差し伸べられている主の恵みをたっぷり味わうことができるのですよね。 恵みとまことがイエスさまによって実現したとは、なんと奥深く、素晴らしいことでしょう。

3月に訪日したとき、ルークさんの教会にも訪れようと思っていたのですが、時差ボケで日曜日の午後はバテていて、結局行かずじまいなってしまい残念でした。また次の機会を待とうと思います。その時にはよろしくお願いします。(^^)

Commented by Luke 2005年04月24日(日)10:01

あ、はちこさん、お久しぶりです。3月はご苦労様でした。盛況だったようですね。私の方は流氷を見ることができませんでした。

「主の真実>>>>私の真実」ですので、安心していられます。主の真実はすべてを飲み尽くして余りある真実ですから。

 すべての人を不真実としても、主を真実とせよ。

とあるとおりです。

国って何だろう

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            山荘のバルコニー(最高の景観)

私は外国に行くと食物や風呂の件でフラストレーションを覚え、ある種の渇きを覚える。刺身や温泉の豊かな日本はやはり私の国である。

ところがJohnは日本に来て、I'm home!と感じたそうである。日本がしっくりし、日本に骨を埋めたいとのこと。不思議だ。

また私とS兄弟の友人にMarkさんというアメリカ人がいる。彼も実は日本が大好き。ハーヴァードでPh.D.(博士号)を取得して来て、今はICUの教員をしている。

で、面白いのはJohnの高校での英語の教え子がICUに入学し、Markさんに教えてもらったとのこと。このようなネットワークは実に楽しい。

彼らは二人とも日本人の奥様を持って、日本人以上に繊細なのだ。一体、国とは何なのだろう?私たちの国籍は霊的には天にあるが、旧創造に属するこの体を持つ以上、私は日本でないと生きられないと感じている。しかし日本人以上に日本人らしいアメリカ人がいるのだ!?

交わりを楽しむ

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福島の山から下りてきたS兄弟とJohnと3人で新横浜で交わる。彼らは初対面であるが、共にウォッチマン・ニーに深い影響を受けており、信仰の面について、教会観についてきわめて近いものを持っていることに私は気づいていた。そこで今日彼らを引き合わせたわけ。(本音を言いますと、私は、今のKFCのあり方にも少々疑問を持っているのです。)

案の定、話はすぐに確信に触れることができ、親密な交わりができた。話の中心は内に生きるキリスト。ただキリストだけで満足すること。すべてをひとつひとつ引っぺがしていって、最後に内にいますキリストを見出すこと−これこそ大いなる神の奥義にして祝福。外側のものは何もない(正確には心を置かない)ほうが良い。

で、5月の連休中に福島の山荘に泊まる計画ができた。またじっくりと主を語り合える機会が与えられ感謝。

 * * *

私も影響を受けて、定年まであと16年あるが、実家のある長野の八ヶ岳の麓辺りにログハウスを作ろうという願いが起こされた。この辺には柳生博や、さだまさしや、喜多郎などのタレントもログハウスを持っている。

ひとつの夢を持てた感じ。S兄弟いわく、完成品を得ることで満足するのではなく、計画から大工仕事をすること自体を主と共に楽しむことが大切。私も黒板五郎になるぞ・・・。

 * * *

N兄弟のことについても交わるが、ある意味で私たちにできることは尽くした感じがするとの結果になった。後は祈りによってとりなすのみで、彼と彼のご家族を真実な主の御手にお委ねしたい。

その後・・・

N兄とはまた連絡が途絶えている。こちらのアプローチを避けている感じ。心の奥にジリジリする部分を覚える。

Commented by まひるパパ 2005年04月15日(金)20:00

私も、N兄のために祈ると、以前のように胃がキリキリすると共に、気分が落ち着かなくなって祈りに集中できないのです。サタンの攻撃でしょうか?それでも祈り続けます。

Commented by kamekame 2005年04月15日(金)22:02

祈っておられるまひるちゃんのパパさんのためにお祈りいたします。

桜@三ッ池公園

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風さそう 花よりもなお われはまた
       春の名残をいかにとかせん
          −浅野内匠の守辞世の句

N兄弟、春の名残がまだまだあるのだ。

Commented by まひるパパ 2005年04月10日(日)18:44

N様
いのち芽吹く春です。もう一度、御自分の「いのち」と向き合って下さい。生意気書いてすみません。

Commented by Luke 2005年04月10日(日)18:59

いつも感謝です。彼が(西洋医学の)医師に服して入院してくれることを願っております。

Commented by kamekame 2005年04月13日(水)22:53

アーメン。私もお祈りに加えさせていただきます。
神様が医療をも祝福して癒しの働きをしてくださることを感謝します。N様が受け入れてくださいますように。

サタンの運命

彼は自分の終わりが近いことを知っているのであろう。目一杯の策を弄している。このような時こそ彼に自分の敗北を思い起させるべきであろう。

 Satan, you are defeated foe!

北の国から@福島(2)

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               薪の暖炉(炎がいいです)

彼とは本当に裸の交わりをすることができる。互いのプライベートも問題も罪の問題も、ある意味で共有することができる。私も完全に素になって、ここ数年間の互いの歩みを分かち合った。そして互いの家庭のことなども祈り合い、御言葉をシェアすることもできた。彼もそれなりの重荷を負っている。が、主に明け渡す時、それは重くない。

ここ数年の間に、交わりも深く持てるようになっている。彼の追及のテーマは、死に与ること。深い死の感覚の中を歩む時に、復活のいのちを経験できる。私たちの信仰は逆説:死ねば生きる、失えば得る。キリストと共なる死にあずかり、互いに死を共有すること。現代の教界は生かそうとするミニストリーがほとんどである。死を説くミニストリーはほとんどない。

2コリント4:10-12
いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。

私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。

こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。

北の国から@福島(1)

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                15年の労作(感動!)

私の20年以上に渡る信仰の兄貴であるS兄弟は、15年前から福島の都路村の山の中に、完全に手造りで家をコツコツと建てている。今回3月は雪に覆われていたために、大学の隙間を狙って1泊してきた。

ほとんど黒板五郎の世界であるが、彼はこの山の中で(ほんとに静寂そのものです)、主と深い交わりを持っている。山のてっぺんであるため、星もきれいであり、空気もさわやか。

夜は手造りのシチューをごちそうになり、近くの村経営の風呂で汗を流す。彼とは例のガンのN兄弟に働きかけており、今回も人生と主についての交わりと共に、N兄弟のことを深く祈ることができた。

人の生とは結局何か。何を主の元に持っていけるのか。会堂をいくつも建てたところで、その業を主の前で誇ってもまったくの無意味。主の元に持っていけるのは、地上の生活において、どれだけ主と交わることができたか、これがすべてである。聖霊派で業を追及する人には、マタイ7:21-23と、1ヨハネ2:27-28を比べて欲しい:

あなたがたのばあいは、キリストから受けた塗り油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、――その教えは真理であって偽りではありません。――また、その油があなたがたに教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。

そこで、子どもたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、キリストが現われるとき、私たちが信頼を持ち、その来臨のときに、御前で恥じ入るということのないためです。

内住のキリスト

新横浜でJohnとまたゆっくりと交わる。彼が最近発見して少しショックを受けたことは、<内住のキリスト>を知らない"クリスチャン"が多いこと。彼は単なる知識を伝達することを懸念してblogを一時閉鎖した。

内にいますキリストを知れば、アメリカ産の油注ぎの器や次から次へと吹き込んでくる最新の"教え"などを追いかける必要もない。"青い鳥"はどこにいますのか?しかしチルチルミチル症候群のクリスチャンがかなり多い。

あなたがたは、はたして信仰があるかどうか、自分を反省し、自分を吟味するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、悟らないのか。もし悟らなければ、あなたがたは、にせものとして見捨てられる。−Uコリント13:5

Commented by 長谷川 彌由紀 Eメール 2005年04月01日(金)22:56

アーメン!!!!!!!
アーメン!!!!!!!

キリスト者:神様のみ住まい、神殿、神様の畑、、、、、、、
自らをクリスチャンと言いつつ、イエス様の素晴らしさを証しせず、己が技(業)を発表する者の多きこと!多きこと! 聞く耳が疲れますことヨ。

Commented by emi 2005年04月05日(火)07:17

Johnさんがblogを閉じてしまい、寂しく思っています。きっと、敢えてrespondしないけれど、知識だけじゃないものを受け取った人たちがいるはず。私も励まされた一人です。主は書かれた真理を通して確かに働いてくださると信じています。