最近の日記

神の国の奥義

と題するメッセージを始めました。やや、というよりかなりハードコアな内容です(ウォッチマン・ニーの理解に準拠しています)。真に救いの安息を得ていないと聞くことが難しいでしょう。ニッポンキリスト教界、不安と恐れを強く持っている人が多いのです。そのような方はパスして下さい。なぜなら

乳を飲んでいる者はだれでも、幼子ですから、義の言葉を理解できません。固い食物は、善悪を見分ける感覚を経験によって訓練された、一人前の大人のためのものです。

とあるとおりです。恵みがあれば最後まで語ることもできると思いますが、あるいは途中で中断するかも知れません。これをご理解いただければ、モーセ律法による石打ちの刑を復活する必要がないことが分かるはずなのですが。神は愛であり、同時に義であるからです。

掲示板にスパムが多くて削除し切れませんので、URLを一時変更しました。直接入っている人は訂正をお願いいたします。

ワーシップ
メッセージ

Commented by リチャード URL2007年01月22日(月)14:55

スパム日に日に激しくなってますね。
KENTのWeb Forum多機能改造版(スパム対応つき)がこちらにありますのでよろしければご検討を。

http://swanbay-web.hp.infoseek.co.jp/wforum/index.html

Commented by Luke 2007年01月22日(月)20:43

あ、これはご紹介をどうもです。検討します。しかしこのSpamって何の意味があるのだろうか?ネットは便利な反面、ニンゲンの無意味さが分かるところでもある。

驚きますね

再建主議は超民俗化かつ普遍化されたモーセ律法をそのまま社会の司法制度として適用すべしと唱えるわけですが、富井さんがこうおっしゃっています:

Q.一応わかりましたけど、つまり神による統治社会が来たら、石撃ちの刑を復活させる、と言う事でしょうか。

A.石打の刑というと、何か野蛮なイメージがあるかもしれませんが、しかし、神が聖書の中において命令されたのです。どうして「野蛮だ」と、僕の分際でしかない我々が叫ぶことができるでしょうか。

処刑は、公開で、しかも、社会の構成員がじかに手を下すべきです。そうすることを命令した神の知恵は、我々の知恵をはるかに超えています。

ここで現代の専門家による死刑執行などの司法制度が不備であるとしているわけです。

私たちはこう理解しているのですね。レビ系のモーセ律法(石に書かれた律法)に代わって、メルキゼデク系の律法(心に書かれた律法)、すなわちいのちの御霊の法則が私たちの内に御霊と御言葉によって働くわけです。このいのちの御霊の法則はモーセ律法の上位互換であり、この法則に則れば自動的にモーセ律法、否、さらに高いレベルの神の基準が満たされるわけです。これを私はMS-DOSとWindowsの関係で説明したわけですが、ついに理解されませんでした。

このいのちを生かし出すことが私たちの証しであり、このいのちを人々に伝えることが私たちの任務であるわけです(御国の拡大)。なお、再建主義との対話はこちらをご参照下さい。いやあ、しかし市民が自らの手で石で公開処刑せよとは・・・スゴイ主張です。この調子ですと、中絶を行った女性はやはり公開死刑に処するべしとなるわけでしょうか?

Commented by Luke 2007年01月22日(月)21:06

う〜ん、再び富井氏がすごいことをおっしゃっています(1月22日記事)。「神は、人間をいけにえとして創造された」とか、「われわれは血みどろの権力闘争の中にいる」とか。現在の人間視点(ヒューマニズム)のキリスト教界には彼と同じように感じていますし、彼の主張には同意できるところが多々あるのですが、しかし本質的に何か、どこかが違うのですね・・・。エデンの園を見て下さい、と私は言いたいのですが。

メッセージでも語りましたが、一部の聖霊派が夢想しているようなキリスト教徒天皇をいただいたキリスト教国家ニッポン(教会国家)などができれば、それはそれは空恐ろしい光景が展開することでしょう。現在のニッポンキリスト教の状況を見れば容易にどんなことになるか推測できるでしょうに。それは不気味にして怖いですよ。

Dr.Lukeの一言映画評

アップロードファイル 187KB午前中はいつもどおりプールとサウナ。最近ちょっと体をなまらせているので、やや気合を入れる。昔は1,000mほどは軽かったが、今日はとりあえず500m+ウォーキング500m(手を帆のように張って抵抗を作りつつ)。さらに筋トレもほとんどご無沙汰で、かつてのマッチョ振りが消えつつあるので、トレーニング・マシーンを新調した。30台の頃のキレを戻したいと願いつつ。

 * * *

アップロードファイル 14KB午後はまた映画。レオナルド・ディカプリオ+マット・デイモン+ジャック・ニコルソンの『ディパーテッド』。監督マーチン・スコセッシ。ストーリーは警察に入り込んだマフィアのスパイと、マフィア組織に潜入捜査に入り込んだ警察の捜査官を巡るサスペンス・アクション物。ニコルソンの恐るべき存在感が迫るが、それに負けず劣らずディカプリオも好演していた。彼は体もややマッチョ系になりつつあり、かつての『タイタニック』のヒョロヒョロのアイドル・イメージとずいぶん違う。そこそこの汚れ役もできるようになっている。彼は、同じくスコセッシ監督、強迫神経症にして大富豪のハワード・ヒューズの鬼気迫る生涯を描いた『アビエーター』でタッグを組んでから、演技に深みが出たと感じる。俳優も私たちも出会いで人生が決まるようだ(もちろん神の摂理が働いているわけだが)。マット・デイモンはどうも『ボーン・アイデンティティ』のイメージが強く、やや演技が単調で、重なって見えてしまう。で、最後はとんでもないドンデン返しのドンデン返しで・・・。「あっ!?」、「えっ!?」っといった感じ。

目覚めつつある中国

試験週までの休みのひとときを過ごしているが、午後は例によって映画。『ラッキー・ナンバー7』。やや乾いたオトナのサスペンス映画。まあ、楽しめたか。その後、最近オープンした川崎のLAZONAへ。いやあ、スゴイの一言。こちらにも映画館があるので、チネチッタはやや客が流れているようだ。しかし普段、"田舎生活"をしているので、こういった人ごみでは酔ってしまう。目が回ると言うか・・・。歳かな・・・とポツリ。

 * * *

今日の日経夕刊によると、中国が宇宙空間にある衛星をミサイルで撃墜することに成功したとのこと。例によってアメリカは宇宙での支配バランスが崩れるとして、中国を牽制している。

またちょうどTIME誌の今週号とSAPIO今月号では奇しくも中国特集記事。いずれも中国の眠れるパワーをレポートしているが、この国が目覚めるとマグロが食えなくなるどころではない。環境問題もエライことになる。中国は決してアメリカの価値観に屈することはなく、むしろ中華思想をあくまでも誇示するであろうとのこと。さらに経済的な投資も積極的であるが、最近では特に宇宙に対する投資が盛んとのこと。日本のNロケットの体たらくと比べると、彼らの士気は高い。

そして意外だったのは、北朝鮮との関係が史上最悪とのことで、昨年のミサイルのデモンストレーションも中国を意識している可能性が大であるようだ。わがニッポンは地政学的には赤い中国の進出を阻むアメリカの基地として利用価値がある間は多分アメリカの傘に隠れることができるだろう。が、あまりにも主体性のなさに不安を覚える次第。中はすでに士気が落ちるどころか、腐りかけている。

実に絶妙の地政学的位置にあったゆえに戦後ここまで来れたわがニッポンであるが、今後ますますアメリカの属国と化し、芯とモラルを失った『美しくない国』として、ひたすら金だけを頼りに生き延びるしかないのかも知れない。

そのような懸念を覚えるがゆえに、日本人がユダヤ人の末裔であり、皇室には神の奥義が隠されていて、ある日、神の経綸においてニッポンが輝く時代が来るとするキリスト者たちも増えるのであろう。これもある意味で、1%の枠の中で呻吟しつつ、アイデンティティを喪失しそうなキリスト者の「切ない願い」と思うのだが・・・。パウロは言っている

私は肉において誰よりも誇るところがあるが、一切肉に頼ることをしない

と。

Commented by Dr. John 2007年01月20日(土)08:09

ご自分の考えを御言葉をもって締めくくられるのは、ご自分の正統性を誇っているようにしか思えないのですが、私の考え過ぎでしょうか。メッセージを聞かせていただいても同じ疑問を感じてしまいます。御言葉の大切さを強調されている反面、氏のご意見がメッセージの大部分を占めているように思います。兄弟姉妹の関係を大切にされているなら、他の兄弟にも説教の機会を提供されてはどうでしょうか。牧師でなく、卜者だと言われていますが、教会の中でお一人だけが御言葉を語る立場を取られるなら、人々の心の中では「師」となってしまうのではないでしょうか。これが、最後のコメントです。ありがとう。Dr.Johnでした。

何気な風景@

アップロードファイル 57KBアップロードファイル 55KBアップロードファイル 22KB

冬の三ッ池公園・・・

文藝春秋2月号

今月も面白い記事が目白押し。

栗林中将衝撃の最後−『硫黄島』で名称とされた中将の最後はノイローゼ状態に陥り、指揮不能となったあげく、自ら降伏しようとして、部下に惨殺されたと言う説を検証する。意外にも自衛隊でこの説が広がっているとか。検証結果は・・・。

10年後の「格差社会」−個人、会社、所得、資産、教育、自治体、治安、対災害、医療、結婚、老後における格差の生じ方のシミュレーション。これはかなり身につまされるかも。

希望の国へ-私の日本再生計画-−経団連の御手洗氏の論考。格差は生じて当たり前。結果平等ではなく機会平等を唱えるが、終身雇用は維持し、年功序列を改めよと訴える。私的には新自由主義による弱肉強食的社会は日本人には絶えられないであろうと考えるが、その中庸を唱えている。

ローマ滅亡に学ぶ国家の資格−あの『ローマ人の物語』15巻を完結した塩野氏を囲む討論。ローマは多神教で宗教的にも文化的にも寛容な国家であったが、一神教のキリスト教が入って「溶解」を起こして滅びに向かったとする。それと同じ構図が、アメリカ帝国主義対イスラム原理主義として再現している、と。ふーん、ローマを滅亡させたのは一神教のキリスト教なのか・・・。私的にはキリスト教ではなく、肉において現れた神であるイエス・キリストご自身を信じているのだが、これも排他的非寛容な一神教になるのだろうか・・・。

ブッシュの戦争と金正日の核−これから読みます。

で、ホッと一息・・・

昭和の美女ベスト50−1位は吉永小百合、2位の原節子とかは分からんが、山口百恵が13位に入っていたぞ^^

Commented by Dr. John 2007年01月18日(木)17:47

ブログを読ませていただき、メッセージを聞かせていただきました。素朴の質問があります。教会の方は他教会からの転会の方が多くいませんか?自立したクリスチャンを育てることを強調されていますが、メッセージの内容はルーク色が強く、弟子と師の関係が築かれているように危惧します。働きが祝福されますように。Dr. Johnでした。

父親と娘

タレントの風見しんご氏の長女が事故で死亡。享年10歳。中学受験はどうするかとか、夢を膨らませ、これからの人生設計を最も考える時期。何とも痛ましい。同氏が昨年、「もうちょっと娘が大きくなったら、一緒に歩いているところをカメラで撮られて、風見さん、若い子と歩いていましたね、とか言われてみたい」と発言しているのを見て、タレントの彼もフツウのオジサンの私も同じ感じ方をするんだなと、ややじーんと来てしまった。しかし彼のその夢は無情にも絶たれてしまった。こういった場合、人は「神はいるのか」と絶望の淵から叫ぶが、実は神ご自身が最も傷ついている。

Commented by 愛知県のさっちゃん Eメール 2007年01月17日(水)20:20

「神などいない・・」と昨年の暮れ、親友に言われました。その友人のご主人が、仕事上のトラブルから自らのいのちを絶ってしまったからです。障害を持つ娘、まだ小学生の子供をかかえ、一体この先どう生きていったらいいのか、涙する友人に、言葉がありませんでした。

>実は神ご自身が最も傷ついている。

の言葉に、涙が出てしまいました。

ただ、うめく・・。主と共に。

Commented by サラ 2007年01月18日(木)22:05

 愛知県のさっちゃんさんへ
 主・イエスは私たちを配剤を持って出会わせてくださいます。大切な人を失う経験、障害の子を抱えて生きる経験を持っています。お役に立てればとメールを送ります。主はがむしゃらに子供を抱えて自分の力で生きてきたつもりの私を、主のもとに帰らせて下さいました。神は今もなお生きて働いておられます。在って在るお方は、人が抱えきれない傷を、負いきれない心の負を、十字架につけて下さいました。私たちは負い切れないのです。主・イエスを信じるものが平安に入るのは、負ってくださった方のくびきを負うだけでよいと聖書に書いてあるからです。主・イエスの御名で祈ります。ご友人が癒されることを。ルークさん、突然の訪問ですみません。胸が痛み、メールチャレンジしてみます。
 

Commented by Luke 2007年01月19日(金)23:01

ここが主にある交わりの契機と用いられるならば幸いです。

夏の参院選のゆくえ

復党問題で信念を貫いて男を上げた平沼さんが脳梗塞とか。小沢さんも心臓にキテるし、「政治生命を賭ける」と、わけの分からんCMを打ったが、どうも民主党は分からん(自分から吹き飛ばされてどうするのって)。二大政党を期待したいのだが、いまいち政策が不明瞭だし、自民党を攻め切れていない。だいたい「生活維新」って何だろか?安倍氏の不明瞭さを攻めるチャンスをなぜ逃すのか。

私的には昨日も書いたが、経済も利上げを巡って日銀と政府が綱引きをしているが、個人消費が伸びない限りダメ。個人が安心感を持たないと、子供の数も減る一方で、現在では既に高齢者を3人弱で支えているとか(→記事)。百姓政策を止め、個人を自立させること。個人の税負担、特に高所得者の負担を軽くすべきである(何だか再建主義の富井さんと同じだぞ・・・)。GDPの6割は個人消費なのだ。さらに貯蓄率も低下の一途らしいが、現在1300兆の個人資産があると言ってもほとんどはアメリカに回っているわけで、個人が恩恵を受けていない。人を大切にしない会社も国も必ず滅びる。武田信玄も言っているではないか

人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり。

と。

制度改革とか言いつつ、役人の顔色を伺いつつ、ちょこちょこと重箱の隅を突付いている感が否めないのだが・・・。さあて、誰に、どちらに票を投じたらよいのだ?(小沢さんには一度やらせたいとは思っているが・・・)

Commented by Luke URL2007年01月17日(水)18:12

あのCM、中川幹事長に皮肉られてしまいました。うまいことを言うもんだ。

Commented by kenji 2007年01月17日(水)18:28

いま個人減税は消費にならず貯蓄に回ると思いますので死に金ですね。やはり法人税を下げて設備投資や研究開発に企業がお金を使うよう促したほう長期的には好ましいです。収益環境が良くなれば株価は上がり、個人投資家が潤います。菅さんが今の証券税制は金持ち優遇だと発言してましたが、増税はとんでもないことです。1400兆円の預金の少しでも株式に流れればリスクを取った個人が潤います。俺の持ち株上がらないかな〜

Commented by Luke 2007年01月17日(水)19:19

文藝春秋今月号によると2005年末で個人資産は1500兆とありました。金をどう流れさせるか、基本は安心感だと思いますが、今、その「信仰」が欠如しているわけです。

ホワイトカラー・エグゼンプション?

本日で後期の講義は終了。後は試験を残すのみ。これからは講義の枠が外れるので、かなり自由が利くのだ。

で、私の本にもカタカナが多いとご批判をいただいたが、安倍さんはさらに上を行っておられる。何だ、この「ホワイトカラー・エグゼンプション」って?英語のスペルは"White Collar Exemption"らしいが。直訳すれば、「事務労働者控除」だ。で、最初は給与所得者も実費経費控除を受けられるのかと期待したが、違うのだ。勤務時間を自分で自由にマネージできる代わりに、残業代はなしよ、と言う仕組みのようだ。

おいおい、何だ、これって大学教員の勤務形態だよ。われわれは社会保険制度の観点から一応週30時間を最低勤務時間としているが、実は出勤時間も退勤時間もまったく自由。いわゆるフレックスタイム制度。好きなだけ大学にいてもいいが(中には実験で泊り込む人もいる)、残業代はゼロ。

かつて10年以上も前に、ニッポンの勤務形態と言うか、就労形態はいずれ総予備校講師化するだろうと予想していたが、まさにそのとおりになってきている。予備校講師は別名「チョーク芸者(ホスト)」とも言って、契約は1コマ(90分)いくら。しかし週に何コマ取れるかは生徒の評価(人気)によるわけで、完全な出来高制。私のレベルで90分で3万円程だったが、稼ぐヤツは10万ほども取る。かくして集客力によって大きな格差が生じる(集客力で牧師の価値が決まるらしいニッポンキリスト教界とも良く似ているのだ、これが・・・)。

しかし実は稼いでも取られる分が多くなるだけで(私も税金と社会保障費で年に400万も取られたものだ)、仕事のハードさとの兼ね合いで、年俸1,300万円ほどに抑えるのがちょうどいいのだ。そのように自分で設計してコマを入れるわけ。その代わり退職金、年金、保険などはすべて自己責任。契約は1年ごと。下手すると途中でも切られる。かくして「高給雇い労働者」なわけだ。

まあ、こういった人生設計をしている/いた者から見ると、「ホワイトカラー・エグゼンプション」も当たり前のことであるし、格差社会も当然のことと思えるわけだが。で、前にも再建主義について論じたときに、この社会保障と自己責任のバランスをどこに取るのかが難しいと指摘したが(→コチラのNo.11の記事)、現在の風は自己責任よりに調整タブが動いてきているわけだ。が、実質は企業よりと言うべき。私的には会計原則に則って記帳を義務付け、アメリカと同じく住宅ローンの金利は経費化し、その他ガソリン代なども実費経費控除として真に個人を経済主体として自立させるべきだと考えているのだ。どうも政府はかつての百姓政策と同じで、個人に対しては「生かさず・殺さず」の方針のようだ。

Commented by meek 2007年01月16日(火)12:21

私は経済に関して、まったくの無知、無関心でしたが、LukeさんのHPを読ませていただくなかで次第に関心が出てきました。さらにノンクリスチャンの友人から本多静六、木村剛、荻原博子、橘玲などの著書を読むように勧められ、彼は私の同級生なのですが開業して成功し結構な資産運用を実践しつつある中で、近い将来日本が経済破綻する可能性があるといって経済的に無関心だった私を何とか啓蒙しようとしてくれています。橘玲は「サラリーマンは国家によって奴隷的に搾取されている」とまで書いています。一昔前まで経済的に優位だった存在は大企業のサラリーマンだったが、現代は、成功した自営業者だそうです。そしてサラリーマンが国家による搾取から逃れるひとつの方法としてサラリーマンの「法人化計画」をあげ、個人が「法人化」することによって、会社対個人の雇用契約ではなく、会社対法人の契約関係に入り、それによって会社からの保護はまったくなくなりますが、税や社会保障などの負担は自分で確定申告をして、自営業者なみになれるというのです。lukeさんの今日のエントリと共通点があるかなと思い、コメントさせていただきました。

Commented by Luke 2007年01月16日(火)15:25

なるほど、基本的に私の発想と同じと思います。大事なことは、何となく源泉徴収されて、何をやっても無駄だといった投げやりの姿勢を改めることです。問題意識を持って、事に対して主体的に関わることは、経済でも信仰でも同じですね。

久しぶりの・・・

オトナがじっくり鑑賞できるテレビドラマが始まった。『華麗なる一族』−あの山崎豊子の原作。主人公がキムタクというのがやや・・・であるが、原作がしっかりしているし、ドラマもかなり力が入っていて、かなり楽しめそう。かつての『白い巨塔』や『大地の子』のノリ。音楽までも『大地の子』の雰囲気。と言うわけで、メッセージの更新が遅くなりました。

→2007年01月14日主日
ワーシップ
メッセージ

ぶらりぶらりの旅人生

土曜日午前中は日テレの『ぶらり途中下車の旅』をもう10年以上いつも楽しみにしている。前にも書いたが、人が生きている温もりを感じる番組なのだ。手作りの、とても儲からないような商品を売っている店とかを見ると、心の底からホッとする。

その後いつもどおりプールとサウナ。この施設もかなり年季が入っており、オジサン・オバチャンが実に多い。もう92年からの付き合いだが、なにしろマイコースを持てるわけ。ささくれ立った壁とベンチのサウナもほとんど独占状態^^(→こんな話題もありましたね)。煌びやかな新しい施設もあるのだが、何か無機質な感じで私は好まない。

安倍さんが統一協会の聖会(?)に祝辞を送ったことは前に話題になった。脱カルト協会のMLで回ってきたのだが、今回は何と山崎氏が統一協会ルートで北朝鮮を訪問したとのこと(→有田芳生の『酔醒漫録』)。ワシントン・タイム紙は統一協会系のメディアなのだが、その社長がお膳立てをしたらしい。統一協会はアメリカの福音派あたりにも金を提供することによって食い込んでいるらしいし、かなりしたたかなのだ。

今回の「パワー・フォー・リヴィング」など、どうも金に物を言わせる伝道のあり方は、私的にはとても違和感を覚える次第。福音は対面の人から人への手渡しであるべきと言う古い固定観念にいまだに縛られているわけ。手作りの温もりと言うか・・・。

『ぶらり途中下車の旅』のように、ぶらぶら歩いていると人と人が主の摂理の中で出会い(サウルとサムエルの出会いのようにかな?)、その関係の中で主が語り出され、いのちが伝達されていく。私はこんなコツコツとした、草の根的な福音を願っている。大きな聖会で自分たちの力を誇示する必要もないし、大きな教団や組織を作る必要もない。カバリング教会をアチコチに抱える必要もない。2,3人が単純に主の名によって集まるだけ。油塗りがなくなったらさっとたためばよい。お互いの関係の中に主がおられ、主のいのちと互いの生を共有すること−これが教会なのだ。

松沢牧師事件に思う

昨年末の事件については、私の知人でもアーサーのバイク・ミッションに入り、アーサーを真似て刺青を入れ、妻と娘を置いて失踪した兄弟がいましたので、他人事とできない部分があるのですね。彼はバイク・ミッションのサイトの写真にも出ているのですが、最近ようやく居所が分かってきたようです。それで前々からアーサー・ホーランドや松沢さんのメッセージを時々拝聴しておりました。

まあ、彼らはいわゆるニッポンキリスト教の牧師たちの金太郎飴説教とはかなり違いますし、本音をぶつけ、愛と人情にも溢れ、確かに人々を惹きつけるでしょうね。対する私などは、愛がなく、クールで冷たく突き放されると感じられる人が多いようでありますが・・・(反省)。彼らの、「神学校なんか出ててもろくな者になりゃしない」とか、「ジーザスは好きだがキリスト教は嫌いだ!」、には少なからず同感なのです。

しかし、故人をあれこれ言いたくはないのですが、一言だけ言わせていただきますと、彼らは危険ですね。それは彼らの教えなどが危険と言う意味ではなく、彼らが危険な場所におり、また危険なことを無自覚にしていると言う意味です。盲腸しか切ったことのない外科医が肝臓を切るようなものでしょうか。あるいは放射能のある場に防護服なしに出るようなもの(霊的領域では皮ジャンは役に立ちませんし、クサリでは悪魔は縛れません)。下に書いたような人々によるマニュピレーションに、その情の熱さゆえに容易に振り回されてしまうのです。つまり彼らはあまりにも無防備であり、裸同然です。

松沢師のメッセージもイエスに対する愛と人々への情があると共に、内側に自己破壊的な衝動がしばしば感じられます。おそらく自分でも制し得ないモノがあることを薄々感じておられたのでしょう。また説教の特徴は、感情には訴えるのですが、御言葉がほとんどない。神学などいらんと言いつつ、旧約ではこうだ、新約ではああだと言ったややこしいこともいらん、とまで言ってしまっています。御言葉によらず徒手空拳で闇の勢力に裸で立ち向かってしまわれたような今回の印象ですね。

フロイトは晩年、人間性の本質はエロスとタナトス(自己破壊的死への願望)と指摘しましたが、まさにそれらを感じさせる事件でした。遺族と成増教会の皆さんは今きわめてつらい時期と拝察しますが、主の慰めと新しい道が開かれることを祈ります。

Commented by kenji 2007年01月12日(金)21:21

何らかの薬物の離脱症状が現れたのでしょうか?
クスリって怖いです。昨今、SSRIなど重宝がられてますが、大丈夫なんでしょうか?

この事件未だに腑に落ちません。事件性があると思うのです。単純な心中ではないと、、、。

Commented by Luke 2007年01月13日(土)17:55

確かに変な事件です。ただ情報がありませんので、何とも判断ができかねますが、私的には薬物あるいは深い精神病理と霊的な要因が錯綜している感じがします。

バラバラ殺人から診える時代の病理

アベニバラバラ・・・と言う歌がかなり昔流行ったとおぼろげに記憶しているが、なんじゃ、これは・・・最近のバラバラ殺人事件。以前から現代は自己の病理の時代と指摘しているが、歯医者の息子も、白百合女子大卒のセレブ様も、医学的には自己愛性人格障害、あるいは古典的用語では情性欠如の精神病質(サイコパス)あたりと診断されるだろう。彼らの価値観は自己がすべて。ここでも何度も何度も書いているが(→たとえばコチラ)、この手の人格障害者にとっての現代は実に力を提供する。ネットではあることないこと、傷ついた自己の鬱憤を晴らすことができる(→粘着の精神病理@A;日本人の病理とITメディア)。かくして仮想的全能感と共に、妄想を膨らませることは前に指摘した(→存在の薄い自己の病理)。

「2ちゃんねる」のような現象が起きるのはまさにこの病理の兆候であるのだが、ここへきてさらにその表出がカゲキになってきているわけ。死体をバラすと・・・。歯医者の息子も妹をバラすやり方を見ると、単に死体の処理をしただけではなく、その作業の間はある種の自己愛の満足を覚えていたのだろう。何もできなくなった対象に対して全能感を覚えたと推測される。白百合女子大卒のセレブにおいても同じ。自分を認めてくれなかった夫が完全に無力となり、彼女は思いのままに自己の全能性を発揮できた。遺体を処理するだけならば、もっと別の捨て方があるし、彼らの捨て方にはある種の自己の力のデモンストレーションの意図を感じる。

かつてイギリスで起きた切り裂きジャック事件のようなケースでは(最近も類似の事件が起きているが)、たとえば女性に対して不能である男が女性を弄ぶひとつの形があのような殺人手法となる。自己の不能によって受ける自己価値の低下を代償的に満たす試みなのだ。これは「2ちゃんねる」あたりでネチネチとネットリンチを行う連中も同じ。彼らは深刻な低い自尊心に縛られているもの。しかしもちろん彼らの覚える全能感は仮想的なものであり、決して実質的に満たされるものではない。

こういった人格障害傾向をもつ人々は、キリスト教界ではきわめて多いが、彼らは実に闇の勢力に用いられる傾向を持つ。精神科病棟でもよくあることだが、患者がアチコチを回っては医師や看護師の悪口や風評を流して回り、病棟の運営に障害が起きる事例がよくある。彼らは実にもっともらしく嘘(彼らにとってはリアルなのだが・・・)を語り出し、被害者を装い、人々の同情を買い、人々をマニュピレートする。

そして昨今、世でもキリスト教界でもこういった人々が目に見える形の事件を起こすフェイズに入ってきたことを最近強く感じている。図らずもこれまで私が予測している通りになってきている、否、私の予想をはるかに越える速度で現実は進んで来ている。テレビでも歯医者の息子の事件については和田氏がしどろもどろでコメントしていたが、彼に深い同情を覚える次第。自己愛の病理と仮想化の病理―これが現代なのだ。

Commented by 通行人 URL2007年01月12日(金)14:57

2チャンがついに閉鎖も!?
西村博之に対する財産差押えの処分命令が出たようです。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_01/t2007011201.html

ひろゆき氏の次の一手はあるのでしょうか?

Commented by Luke 2007年01月12日(金)17:40

ほお、これは面白い展開ですね。BBSにも書いて下さっていますから、けっこう話題になるのでしょう。それに彼は神の権威に触れていますしね。

それにしても茨城でもバラバラ死体が出たとか・・・。やはり霊的な存在(ストイケイア)がある種の流行を生み出すのでしょう。ニッポンキリスト教界ばかりでなく、ファッションとか犯罪なども「風」があるのです。

Commented by 、、、 2007年01月12日(金)20:30

同じような事件が起こってますが。
連鎖の原因に、ネットを通して『同じものを見た』という可能性はある?