2007年08月30日

雑感いろいろ・・・

筋トレをした後、綱島温泉、黒い風呂で温度もちょうどイイし、実に気持ちよかった。やはり銭湯ではなく、温泉!熱い風呂、といっても41℃前後、と水風呂に交代で浸かると、これがサイコウ。つい1時間以上も。出てから足裏診断マッサージを。台湾流だそうだが、痛気持ちイイ感覚で最高でした。血行がよくなるそうで、腹の中が温まった。で、ランチは好物の花月のコッテリしたゲンコツラーメン。ただし全部は食べない。カロリーを計算つつ・・・。

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週間文春で告発されていますね、下に投稿がある姫井氏の不倫。相手は元高校教師。実名で写真を公開し、彼女の性癖までもしゃべっている。実にバカな男だ。何でも姫井氏に一生メンドウを見るからと約束されたのに、裏切られたと・・・。アホか、こいつ。モンゴルに帰って早速遁走した朝青龍並みのバカだ。いや、クズだ。

以前、キャスターの田丸美寿々氏と不倫で結婚した何とか言うジャーナリストが、離婚の際、やはり文春誌でグズグズと暴露話を書いたが、結局彼は自滅した。男がすることではない。何のことはない自分の偽りの証しの実を自分で刈り取って落ちていくだけ。実にアホな連中だ。偽りの証しをする者は必ず滅びる。

かく言うDr.Lukeも、求められれば若い子たちのケイタイにもシャメとして残っている。それが流出すれば、立派なネタになるだろう(笑)。繰り返すが、一度情を通じた男女の話をこういった形でネタにするのは、必ず自らに滅びを招く。裏切られたとしても、相手を美しい想い出のままにして置くべきなのだ。これが男の美学ではなかろうか。

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アップロードファイル 75KB桑田桂祐の新曲『風の詩を聴かせて』が実にイイ。これは癌で妻と幼い子供たちを残して逝ったサーファーを描いた映画『Life 天国で君に逢えたら』の主題歌でもある。桑田もわが青春を構成するのだが、50を超えてなおこのような曲が書ける彼が同世代として誇りである。ちなみに『地の塩ミニストリー』のSalt氏の桑田モノマネヴァージョンは実に絶品。ごく一部の人たちはそれを観る幸いに遭遇したのだった^^

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アップロードファイル 3KB本日の一冊。『精神科医クレア・ロジェ―人格障害』。最近の精神医学でのテーマは人格障害。昨今の事件を見ても、ほとんどがこの手の人物たちによってなされているし、ニッポンキリスト教にも実に多い。分裂病などと異なる点は、いわゆる精神異常ではないが、精神障害と言えるところ。かつては精神病質(犯罪性を帯びるとサイコパス)などと言われたが、彼らは他人や自分を傷つけまた苦しめる。健やかさにはるかに遠いところに生きている人々だ。このテーマをサスペンス小説として描いた実験的作品と言えるが、どのような世界を構築しているか、今わくわくしている次第。

領収書五重使用!?

玉沢政倫審会長が1枚の領収書をコピーして5重に使い回ししてたそうだが、彼自身は「それは善意に解釈する」と言っている(→記事)。

実は予備校、さらには最近では高校でもこの手の"使い回し"があるのだ。たとえばYゼミの場合、都内の進学校の生徒を優遇して、タダでゼミ生に登録する。彼はまた別のK塾でも同じ待遇を得る。そしてこの生徒が東大に入ると、両校が東大合格者数にカウントする仕組みだ。よって大手予備校の東大合格者数を合計すると、実際の東大入学者数を超えるわけ(笑)。

加えて最近ではセンター試験の成績をいくつもの大学に申請するだけで合否判定がもらえるため、できる子は20校でも30校でも合格できる。これで昨今ある高校がその水増し合格実績によって摘発された。

しかし、マジな話、ニッポンキリスト教でもこの手の信徒の水増しカウントがあるのではないかと危惧するわけ。ある大教会では1日に何度も礼拝があって、その度にバードウォッチングよろしく、こっそりと双眼鏡で礼拝出席者をカウントしているとか。そして本日の出席者千何百名とか・・・。そもそもカウントする動機が愚かであるが、それが牧師の勲章となるこの業界。いやあ、実際のところ、生徒数を集めて何ぼの予備校業界とキリスト教業界、実によく似ているのだ。・・・やれやれ。

正しさと健やかさ

これは聖書的に正しい、正しくない、と言う議論がよくなされる。ある教団では賛美に楽器を使うのが聖書的かどうかで、有楽器派と無楽器派に分裂しているほど(カプセル化の最たる例!)。私はこれらの"正しさ"にはほとんど関心がない。私がクリスチャンを診る時の判断基準は、健やかさ、である。肉体的に、精神的に、そして霊的に健やかなこと。これは主の御心の中心にいれば、自然と成就すること。あれこれ、自分の主義や思想を主張する必要もないこと。

なぜなら「聖」とは客観的には「神への分離」であり、主観的には「健やさ」だからだ。この基準から診て、ニッポンキリスト教をビョウキだとする私の診断は、この業界の深部に関わり、エライ先生たちの行状を知っている人であればあるほど納得してもらえるはず。またブツブツとつぶやきつつ、自己責任を放棄し、人に粘着しストーカーになったりする信徒さまの状況を見てみよ。一言、まさにシッコ(Sicko)だ。

ヨハネは祈ってくれている:

愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、私は非常に喜んでいます。

真理にとどまり、そのうちに歩むならば、必ずすべての点で幸いを得、健康になると約束されているのだから。この時、別に自分の正しさなど主張するまでもない。正しさの演技はできるが、健やかさの演技はできない。いわゆる表向きの「信仰信条」など、私はあまりほとんど信頼していない。私たちが求めるのは健やかであること。もっと言えば、仮に肉体的な病に罹る時でさえも、私たちは健やか(聖)であることができるのだ。Colin Urquhartは言っている:勝利にはふたつある、ひとつは病に対する勝利、ひとつは病の中での勝利、と。ヨハネの祈りは私のため、またあなたのための祈りである。

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本日は雨で、ジョッギングができず、やや不満が残るので(体が疼くわけ)、今は上がっているので、これから行って来よう。で、近くに綱島温泉と言う本当の温泉があるので、ちょっと入って来ようかと・・・。ガス爆発はだいじょうぶだろう^^9月には那須温泉を考えているが、とりあえず近間で・・・。

(やや早いですが、デザインを秋ヴァージョンにしました。)