2005年05月18日

普通の人である幸い

先に書いたが、映画"Kindom of Heaven"の主人公は英雄扱いを拒み、鍛冶屋としての自分を証しした。聖霊派の牧師先生の中にはニッポンのベニー・ヒンになりたくて、ヒンからお声がかかると舞い上がる御仁もおられるようだ。

何もそんなにエラクならなくても、普通であることを楽しめばいいではないでしょうか?普通の生活を普通の人として淡々と生きる。神はその人の内に住まい、人生の総てに関わって下さる。これに勝る幸いがあるのだろうか?

  (しかし、株の下げが止まらない・・・溜息)

Commented by 荒削りの木 2005年05月19日(木)10:35

能天気な世のおば様は、「ヨン様」「ヨン様」と少し濁った黄色い声をあげている。隣をみれば、「ヒン様」と息切れしながら日本中を追いかけているおじ様がいる。
賜物は「自分に欲しい」と欲がある人には与えられませんから。残念!!
実は拙者もそんな時期もありました。切腹!!

ニッポンキリスト教界はルネサンス以前?

どうもそんな感じがする今日この頃です。無知による馬鹿げた教えが蔓延り、紅貧だの、何だのといった色物が跋扈する現状。普通の人ではなく、むしろ妄想系の人が霊的とされる。一方、オツム・カチカチで、「物言えば唇寒し」の向きもあるようですね。この業界、未だにルネッサンス以前のようです。ますます"It's none of my business."のスタンスを取りたくなります。