2005年5月

地震予知に見えるニッポンの病理

BBSにも書きましたが、ずっと注目してきた串田氏が、種々の陰湿な電話や妨害などで精神的に追い詰められ、公開情報サイトを閉鎖に追い込まれてしまいました。

地震予知と言うかなりセンシティヴな仕事を、元々のアマチュア天文学者の偶然の発見によって、意図せざる形で開始され、孤軍奮闘してこられたのですが、どうもニッポン社会はこのような芽を育てる土壌がないようです。

受け手に情報を取り扱うキャパがないのです。いたずらに恐れたり、起こらなかったら喜ぶのではなく、責任を取れと迫ったり・・・。人は自分が聞きたい言葉を選んで聞くものです。自己責任の原則がどこかに行っておりますね。要するに幼稚の一言に尽きます。

この国の問題は制度改革などで解決する者ではなく、モット深い病理があるのです。これはキリスト教界と関わるようになって、ますます感じております。閉鎖社会の中の閉鎖社会がニッポンキリスト教界であり、ニッポン社会の病理がコンデンスされて現われるようです。前にも書きましたが、フラクタル構造をなしています。

で、串田氏には粘って欲しかったのですが、精神的に限界とのこと、これ以上の要求は無理のようです。返す返すも残念です。もっともデータの収集と解析は続行されるようですので、今後の発展に期待します。

セレブレーション・アップ

いつもはメッセージ部分だけですが、ワーシップを中心としたセレブレーションの一部をアップしました。テープから取り込んでいますので、音質がちょっと悪いですが、ご了承を・・・。

5周年愛餐会

がありました。よくもってるなあ〜という感じがします^^。いつの間にか5年目とは・・・。で、普段は中々ゆっくりお話ができない方々の証しも伺えて、感謝でした。主がそれぞれの方に何かをなして下さっていることが分かります。

というわけで、今週は時間の関係でメッセージはありません。ワーシップとセレブレーションの部分を少しご紹介できますが、アップまでに少々時間がかかりそうです。

Jarrod Cooperの曲がいいと御感想いただき、どうしたら手に入るのかとお問い合わせをいただきました。日本では入手できません。こちらからどうぞ。英国のKFMのかつてのワーシップリーダーだったColin&Carol Owenのサイトです。フリーのmp3のものがダウンできます。

http://www.jesusreigns.co.uk/

I Surrender by Jarrod Cooper

アップロードファイル 54KB

           その地には常に主の目が注がれている

英国のJarod Cooperの"I Surrender"です。美しい曲です。

http://www.kingdomfellowship.com/Sound/ISurrender.mp3

主はあなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。

残留兵士A―surrender-

「霊的ミンダナオはどこか」と言うご質問をいただきましたが、これは各人の経験で分かること。

さて、残留兵士が自由を獲得するポイントがもうひとつあった。それはsurrender(全面降伏)すること。私たちも主イエスに対して無条件降伏することが必要。条件をつけているとクルシチャン状態を長引かせる。自由を得たければ、霊的ポツダム宣言を受け入れるべし。

ただし自分を委ねる対象を選ぶことが必要。主イエスに対しては完全に明け渡し、委ねることができるが、教界に対しては必ずしも委ねることは考えた方がよい。特に生活の基盤を明け渡すことは危険。諸問題はこのあたりにルーツがある。生活の資はあくまでもこの世から自らの力によって得るべきである。

 * * *

5週間ぶりの休日。午前中はプールで泳ぎ、サウナで汗を流す。昼はカミさんとチネチッタでインド料理の食事をして、野外ライブを聞く。Dorlisと言うヴォーカル・スイングジャズ系のグループだったが、なかなかノリがよく、ついCDを買ってしまう。→http://www.supalove.com/dorlis/
(ついでにBGMもスイング系にした・・・)

音楽はそれほど入れ込んでいるわけではないが、車の中ではよく聴いている。どうしても70年代の曲が中心となるが、たまに新しいモノもいい。

ライブコンサートと言えば、前に英国KFCのラウルがドリカムのツアーで来日した時、横浜アリーナに招待してくれた。当時ドリカムを知らなかったので、アリーナに「イギリスのドリームズ・カム・トゥルーのラウルさんをお願いします」と電話して、笑われたことがあった。

ライブコンサートでは特等席に座らせてもらったが、始まると全員が立ち上がってしまい、ウェーブをしている。私とカミさんも前の人のお尻を見ていてもしょうがないので、しぶしぶ立ち上がって、ついに2時間立ちっ放しだった。かなり疲れたが、これがライブコンサートかと・・・。要するに客も一緒にその場を作るのだ。感想は一言、ファンタスティック。

楽屋に招待されて吉田美和チャンとも会ったが、ステージでは輝いているが、楽屋では「チャン」付けの割りに、けっこうふつうのオバサンだったので、少々興ざめした。

閑話休題。で、その後映画『炎のメモリアル』を観る。消防士の成長と家族を描くもの。最後は・・・言わない方がよいか。何となく、『トップガン』のFire Fighterヴァージョン。ジョン・トラボルタが渋めでいい味出していた。

Commented by Peter 2005年05月29日(日)20:24

非常に興味深く拝見しています、いちファンより。

Response to Mr.Udai

I prefer to be treated by a surgeon who has no Christian faith but has excellent medical knowledge and operation skill. It is the issue of same nature.

残留兵士−聞くこと&信じること−

ミンダナオ島で数十人の元日本兵が生存しているらしい。彼らの年齢はすでに80台。人生をほぼ日本国のために消費した。彼らは戦争が終わった情報を得ることができなかった。もしかするとビラなどで知ったかもしれないが、それを信じなかった。軍法会議で裁かれることを恐れていたらしい。

いずれにせよ、彼らの状態は"苦しチャン”の状態と通じる部分がある。私たちはすでに罪と、サタンと、この世からの奴隷状態から解放されている。これは客観的な真理。動かない事実。ところが私たちがそれを聞いていない時、私たちは自分で解放されようとする。かくしてクルシチャンに陥る。あるいは聞いたとしても、信じていない場合。やはりクルシチャンとなる。奉仕だ、伝道だ、徹夜断食祈祷だ、早天祈祷だ、十一献金だ・・・と、それらを解放への条件とするわけ。ここで罠に落ちる。深層には裁かれることへの恐れがある。

解放宣言はすでに布告されているし、軍法会議はすでに閉廷している。よって私たちの責任は、信じること。解放されたから、いろいろな活動も自由にできる。それらは条件ではなく、結果。私たちも自分が本当に聞いて、信じているかどうか、吟味しないと、イスラエルのようにあっと言う間に40年が過ぎる。

霊的ミンダナオでのサバイバルだけの人生は少々さみしいと思いますが、皆様はいかがでしょう?

・今や、キリスト・イエスにある者はけっして罪に定められることがない。

・キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則が罪と死の法則からあなたがたを解放したのである。

Do you believe? Are you enjoying the LIFE!

(カウントダウン・・・ついに0日・・・)

カウントダウン1日

本日は駿台で6コマの講義。午前はお茶の水。午後は横浜。大学よりもはるかにテンションを上げますので、けっこうキツイ。その分、そこそこいただいておりますので、それに見合った仕事をしないとね。

二人の娘も、また今、息子がお世話になっとりますので、親の気持ちも分かるわけです。先生たちで、それぞれの専門に応じてお互いに、「子供をよろしく」と預け合うのです。学費も師弟割り引きもあり、助かります。まあ、あと10年は、と思っております。

今風呂で汗を流して、ビールを飲んで、ホッと抜けたところです。さあて、休日まで、カウントダウン、あと1日。土曜日をどうするか、カミさんと食事と映画を楽しもうかと、少々ワクワクしております。

(株が軟調な地合い。こういった時は、ジッとガマン・・・)

中国の本音

今回の中国の行動は、ギリギリのところでなされたようで、「非礼だ」との批判を覚悟の上でのことゆえ、相当に深いものがある。

一方、小泉氏は「キャンセルしたの私ではありませんから、本人に聞いてください。挑発なんかしても効き目がありません」と言った発言をしているが、このような木で鼻をくくった態度を示すほどに、将来に深い禍根を残す。当面は彼一流の口先八兆で乗り切れたとしても、その後がどうもあぶなかっしい、と感じるは私だけであろうか?

中国やロシアみたいな国を本当に怒らせたら、相当にコワイことになる。相手を自分と同じまともな者と先入観を持って追い詰める(その意識はなくとも)ととんでもないことになる(私の失敗の経験からも自戒を込めて・・・)。彼らについてはある種(パラノイド)の病者として接するべきと私は思っている。

自分の主義主張を貫くのは結構だが、そもそも本人が何だか子供っぽいし、病的な相手の本音が読めない不気味さを感じるのだ。

対中関係のバランスが崩れたりする時、北から本当に核ミサイルが飛んでくることもないとは言えないだろう。とにかく相手はまともではないのだ!

(休日へのカウントダウン・・・あと3日・・・)

クリスチャンが政権を取ると・・・

小泉さんの独走態勢が目立ってきていますが、ではクリスチャンが政権を取って運営すれば、すばらしい国家運営ができるだろうか、とご質問をいただきました。結論から言いますと、NO!です。私自身は正直言って、クリスチャンの政権などはコワイです。アメリカのい福音派を見れば分かりますよね、集団ヒステリー化しています。

考えてください、神学オツムや、金縛りを悪霊のせいにする先生や、紅貧みたいな人の油注ぎに与って忽然としている人たちが政治を行う様を。あるいはニッポン中がそのような人物の周りに群がる様を。相当に無気味だと思うのですが、業界にだけいるとその違和感に対しても無感覚になってしまうようです。

政治はフツーの人が野心に燃え、自分の名誉と面子のために、また金のために、そして最後に国民のためになして下さる方がはるかに健全なのです。具体的には田中角栄氏の手法が現実的ですね。民主党はキレイキレイで実質がありません。

Commented by udai 2005年05月28日(土)08:26

Ae you saying that there should not be any christian political leaders to take leadership in Japan? Because they focus on something spiritual too much? Do you have hope in Christ? Why don't you pray for the nation to be led by Jesus. We need to be changed.

"民主主義"による独裁

やれやれ、どうもキリスト教業界は疲れます。私はますます教界から逃げ出して、山に篭りたくなりますね^^。まあ、疲れることはなるべくしたくないのですね。

 * * *

小泉氏の強硬姿勢にはちょっとアブなさを覚えてきました。靖国参拝に他国からとやかく言われる筋合いはないとして、中国の副首相との会談が流れ、郵政問題では審議拒否する野党は無視せよ、と。

彼のやり方を一言で言えば、要するに当初に過半数を取れていれば、議論の必要なしと言うこと。ポピュリズムに頼った形式的民主主義による独裁ですね。ある種の偏狭な妄想確信的な頑なさがあります。さて、さて、ニッポン丸の明日はどっちだ?

「ポピュリズム」については→
http://www.kingdomfellowship.com/Treatises/Jews&Japas4.html

(本音:休日までのカウントダウン・・・あと4日・・・)

Commented by Luke 2005年05月23日(月)21:47

民主党には何とかガンバッテもらいたいのですが。どうもイマイチ。自民党のエライ先生たちも何ゆえに何もできない?

長期・中期・短期の目標

クリスチャン生活はマラソンのようなもの。

・長期的には主の再臨を待ち望む。
・中期的には自分の人生の後半に備える。
・短期的には夏休み。

で、極短期的には、今週の土曜日、5週間ぶりに休みが取れる。あと一歩だ・・・。

時代の断絶A

最近の小学生は水道のひねる蛇口の扱い方を知らないらしい。今はほとんどがレバー。で、ひねる手の動きができないらしい。それで、コンパスで円を書くとき、何と、コンパスを回せなくて、紙の方を回すのだとか・・・。

 * * *

英語の授業で(やらされているんです、これが)"vacume tube"とあり、学生が「真空の管」と訳していた。「君、真空管って、知らない?見たことないかな?」、学生「知りません」。小生、つい、「昔ね、ソ連の最新鋭機ミグが三沢基地に亡命した時、ミグの制御機器は真空管だったんだって・・・」。学生たち、どう応答してよいか分からない様子・・・、私は完全に独り芝居状態。まあ、数十年前の話だもんな・・・。

 * * *

私はどうもiPodだとか、電子レコーダーとかはダメです。いまだにカセットテープの方が安心できるのですね。今の夢はログハウスで、暖炉の火を見つめつつ、自作の真空管アンプとスピーカーと長岡の針で、プチプチ音のするLPレコードで音楽を聴くこと。徹底的にアナログに懲りたいと思っているのです。真空管アンプのあのまろやかさは、CDのキンキン音にない味わいがあるわけです。

ちなみに私の秘蔵の68年発売のメリー・ホプキンのアルバムは今なんと8万円です。かつていっぱい持っていたLPレコードをクリスチャンになって、「この世を捨てる」とか言って、全部売り払ったことを後悔しております。数百万にはなっているはずですから、残念。

休みの取れない時は・・・

まひるパパさんも大学で苦労されている由。とにかく例え話とか、例が共有できない。

「最近の犯罪は古典的犯罪とは違って、『太陽にほえろ』みたいに足で解決するんじゃなくて、『羊たちの沈黙』のようにプロファイリングでするんだよ。」学生たち、一様に「キョトン???」
「君たち、石原裕次郎知ってるだろ」、学生たち「キョトン???」。

エディプスコンプレクスの話をして「『巨人の星』の飛雄馬と一徹の関係みたいだよ」。学生たち「キョトン???」

強迫神経症の話をして、「ぜひ、デカプリオの『アヴィエイター』を観てね。ハワード・ヒューズのビョウキを実にリアルに演じているから・・・」。―この辺になるとようやく少しは通じる。

 * * *

疲れていると言いながら、午前中はプールで泳ぎサウナで汗を流す。午後駿台で四コマの講義。夕食後、娘二人とカミさんとでまたまたレイトショーに出かける。夏は夜遊びに出るのが何だかワクワクするのだ。

今回はニコール・キッドマンの『ザ・インタープリター』。『ジ』でなくて、『ザ』であることに違和感を覚えるが。監督はキッドマンのかつての夫トム・クルーズ主演のサスペンス『ザ・ファーム』のシドニー・ポラック。

彼女はトム・クルーズの『デイズ・オヴ・サンダー』で脳神経外科医を演っていて印象に残った。知的な、そして少々過去の傷を引きずるような役どころがピッタリ。小顔でスリムなスタイル。いわゆるセクシー系ではないが、私は好みである。

なかなかスリルがあり、ストーリーもドンデン返しがあって楽しめた。ショーン・ペンの男の哀愁を感じさせる演技も渋くていい。ジョージ・クルーニーなどもそうだが、男はやっぱり50過ぎ。

アドレナリンの分泌が止まらない時は、休息を取ろうとするよりは、かえってアクティヴに動いた方がサッパリする。

最近トレーニングを怠けており、体重が76キロとなりい、かつて筋トレに励んでいた頃はC105,W78,H95だったのが、腹周りがちょっと苦しくとなってきていたので、この1ヶ月間ダイエットを試みている。

で、4キロ減らして、腹周りも楽になって来た。長生きするコツは腹八分目。霊的には油で肥えるべきであるが、身体は脂肪を落とした方がよい。目標は65キロ。体脂肪率15%。

Commented by Salt 2005年05月22日(日)00:55

最近映画もとんとご無沙汰なんで、また観て来ます。ニコール・キッドマンに関するコメント、個人的にかなりウケました。牧師が特定の女性を「好みである」なんて言ってはいけない風潮があるんでしょうね。
私は、アイズ・ワイド・シャットもちゃんと観ましたよ。酷評も多かったですが、やはりキューブリックの天才ぶりが随所に光っていました。もちろん、二コールもきれいでしたよ。ダイエットがんばってください。

リズムの意義

7日周期で社会が回ることは、やはり神の知恵。この周期がなくなると、体はたまらなく疲れる。抜ける日がなくなってしまうため。今も私の精神と身体は100%脱力したいのだが、明日の仕事に備えてアドレナリンが分泌され続けている。

日曜日の午前10時からの礼拝だけが正規のものとか豪語する牧師先生もおられるようだが、私はとてもではないが、ついていけない(その気もないが)。日曜日の午前中はぐったりと抜いていたいから。

<日曜礼拝出席厳守+十一献金厳守+早天祈祷・断食祈祷+奉仕+伝道+デボーション+弟子訓練+セルグループ活動+役員・執事の職務まっとう+清く・貧しく・正しく+(次々に吹き込む)アメリカ産教えの風+・・・>それに加えて、妄想的かつ迷信的教え・・・

はあ〜、これでは日本社会においてキリスト教が広まるとは思えない。教界が<休むこと>と<楽しむこと>と<満足すること>、そして<ただキリストだけ>を教えるようになれば・・・と思ってはいるが、まあ、現状ではとてもではないが無理ですね。

ヘブル4:1−
こういうわけで、神の安息にはいるための約束はまだ残っているのですから、あなたがたのうちのひとりでも、万が一にもこれにはいれないようなことのないように、私たちは恐れる心を持とうではありませんか。

Commented by Salt 2005年05月22日(日)00:46

まったく然り。アーメンです。無音の隙間にこそリズムがあります。

うるさいどらや、やかましいシンバルは、愛とは関係の無い騒音ですね。

私のところも、午後礼拝に変えて、ずいぶん体が健やかになりました。

ココはドコだ?−時代の断絶−

精神保健学の講義で、「アバタもエクボ」と言ったところ、突如「センセ〜、アバタって何ですかぁ〜」と黄色い声。小生、一瞬、「エっ!?」。「君、聞いたことないの?」、「ウン、初めて聞いたぁ〜」。小生内心で、ややショックを受けつつ、「松井の顔だよ・・・」。

で、意味を説明して、講義を続け、今度は「坊主憎けれりゃ、袈裟までも」と言うと、再び、「センセ〜、ケサってナ〜ニ〜」。小生内心で「もうダメだ・・・」(汗)。
(家で大学3年の娘にたずねると、彼女もふたつとも知らないとか・・・、やれやれ灯台下暗し・・・)

そして講義が終わると、女子学生が数人、「センセ〜、シャメとってぇ〜」。小生「シャメって何のこと?」。「やだぁ〜、シャメ知らないのぉ〜」。シャメとは携帯の写メールのことでした。

で、「センセ〜、ピースして」と言われ、一緒にカシャっ。するとその映像を見た彼女たち、「かわいぃ〜!」。小生「エっ?」。一瞬、何のことか意味不明。言葉も出ませんでした。

さらに、帰りに駐車場に向かっていると、芝生の上の10名ほどの男女の学生から、「あ〜、カラサワセンセ〜だ、センセ〜、あそぼ〜、ダルマさん転んだしようよぉ〜」。小生、笑顔で手を振りつつ、内心で、「僕は保母さんだったけ?」。

退官した東大名誉教授の先生方で悩む人が多いのです。彼らには悪意はないし、ただひたすら無邪気なんですが、大学の教授だなんてプライドを持っていたらやっていけないのですね。私の義兄と同じく、患者さんに革張りの椅子を用意するくらいでないとね。

しかしやっぱり休日無しは疲れるぅ・・・。

Commented by まひるパパ 2005年05月21日(土)23:17

私も縁あって、某私大の非常勤講師になりましたが、専門用語ならまだしも当用漢字一つ、ロクに読めないお坊ちゃま・お嬢ちゃまのに講義してみて、これから先が思いやられ・・・看護学校生はもっと真剣さがありますよ。宿題に「有吉佐和子の『恍惚の人』を一冊読んで・・・」と話したら、皆目が点状態・・・ドッとため息、はぁ〜〜〜^

相場の格言

私のゴルフ好きの友人に、「穴ぽこに玉を入れて何が面白いわけ?」と何気に言ったら、エラク怒られたことがあります。彼は言ったものです:「ゴルフは人生だあ!!!」。

で、実は相場も結構深いもので、人生なんですね。いろいろな格言がありますが、けっこう信仰にも当てはまります。ヨン様とヒン様のオッカケ・ブームに対しては、こんなのはいかがでしょう:

 「人の行く、裏に道あり、花の山」

詳細はこちらを→http://all.toyokeizai.co.jp/kakugen/06.html

まあ、人が喜んで集まるところにあまりいい物はありませんね。

普通の人である幸い

先に書いたが、映画"Kindom of Heaven"の主人公は英雄扱いを拒み、鍛冶屋としての自分を証しした。聖霊派の牧師先生の中にはニッポンのベニー・ヒンになりたくて、ヒンからお声がかかると舞い上がる御仁もおられるようだ。

何もそんなにエラクならなくても、普通であることを楽しめばいいではないでしょうか?普通の生活を普通の人として淡々と生きる。神はその人の内に住まい、人生の総てに関わって下さる。これに勝る幸いがあるのだろうか?

  (しかし、株の下げが止まらない・・・溜息)

Commented by 荒削りの木 2005年05月19日(木)10:35

能天気な世のおば様は、「ヨン様」「ヨン様」と少し濁った黄色い声をあげている。隣をみれば、「ヒン様」と息切れしながら日本中を追いかけているおじ様がいる。
賜物は「自分に欲しい」と欲がある人には与えられませんから。残念!!
実は拙者もそんな時期もありました。切腹!!

ニッポンキリスト教界はルネサンス以前?

どうもそんな感じがする今日この頃です。無知による馬鹿げた教えが蔓延り、紅貧だの、何だのといった色物が跋扈する現状。普通の人ではなく、むしろ妄想系の人が霊的とされる。一方、オツム・カチカチで、「物言えば唇寒し」の向きもあるようですね。この業界、未だにルネッサンス以前のようです。ますます"It's none of my business."のスタンスを取りたくなります。

年率換算GDP5.3%の伸び?

という政府発表にもかかわらず、日経平均は7日間の続落。ついに11,000円を割り込み、年初来安値も更新してしまった。

実は統計にはいろいろとトリックがありまして、竹中大臣の「踊り場脱出宣言」をマーケットはあまり信じていない証拠。

私も空売りをかけたものや利が乗ったものは昨日までに手じまってしまったので、今日はなすすべもなく、下がる数字に呆然とするだけ。信仰の歩みと同じで、相場も3歩進んで2歩下がるのです。で、期待を明日につなげつつ、疲れたので寝ます。

お金のこと

聖書では「神とマモン(金)に兼ね仕えることはできない」とある。これでクリスチャンはお金に対してある種の病的な臆病さに陥る。「お金=悪」と思い込むわけ。ところが教会で牧師が「1/10献金しない者は神から盗んでいる!」と脅すものだから、「取られる」と感じている者は不平タラタラとなる。

私はこの種の人々は実に気の毒であると感じる。捧げることは、額の問題でもなく、義務でもない。<神との関係>の問題であって、捧げれば捧げるほど実に神は豊かに供給して下さる。

私もかつては経済的問題について恐れを持っていたのであるが、8年越しの裁判やリストラされる経験を通して、主の真実を経験してきた。確かに主は捧げた分の数倍を与えて下さる!

ベニーヒンの話しついでに言えば、自分の事業を大きくしたい人は、教界ではなく、この世でやればよろしい。リッチになりたい人もこの世から稼げばよい。献金のベンツに乗るなって。手段はいくらでもあるし、この世には金が余っている!出エジプトした民もエジプトから富を持ってきて、それで幕屋を建造した。その金の量は莫大なものである。

私も今、せっせとこの世の富を得ることに励んでいる。仕事も休みが取れないほどに与えられ、相場でも、今日もそこそこにゲインを得ている。聖書はこう言っている:

Tテモテ6:10−金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。

愛することは執着の問題。それは魂の粘着性。実は相場においては執着は致命傷。金に心を置くと直ちに失敗する。儲かっても儲からなくても淡々とした者が勝つ。金は人生の目的でもなく、精神安定剤でもない。それは手段であり、道具に過ぎない。道具の奴隷となることが問題なのである。

前に教界は「花見酒の経済」をやっているから、いずれ破綻すると書いたが、金の流れに対して広く開く必要がある。考えてみればよい、すべてのクリスチャンがいわゆる献身をして、みなが献金で食べる状況を。ああ、それは何と醜悪な光景だろうか。

かくして「清く・貧しく・美しく」メンタリティーから解かれる必要がある。それはもっともらしい仮面をつけた宗教に過ぎない。あなたの奥底の本心を、変な霊性をよそわずに直視してみれば良い。次の御言葉によって励まされるであろう:

・ヨハネ14:13−14
またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。

・Uコリント9:11
あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。

・エペソ3:20
どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に・・・

私たちが神を父として知れば知るほど、「何でも」求めることができるようになる。神は「あなたのために」それをかなえて下さる。やせ我慢をやめ、取り繕いをやめ、「何でもあなたのほしいものを求めなさい」という主の促しに大胆に応じればよいのだ。

神はすべてにあり余っている方。こぼれて来る方。ニッポンキリスト教の白粉は直ちに洗い流すべし。私たちはあらゆる点で豊かになる民である!

木といのちの温もり

今日の夕食は家族と一緒に近くのステーキハウス「あさくま」で。みんなが揃うのも最近は中々難しくなっているので、とても貴重な時間。

ここはログハウス的な雰囲気で、味も中々いい。自家製のワインとモロミが旨い。板張りの和室でステーキをいただくのも趣がある。木の雰囲気がたまらない。つい目は構造を追ってしまう。私はますます山に篭りたくなってきているわけ。

* * *

ベニー・ヒンとか、何とかかんとか、イロイロな色物が跋扈している昨今、静かに、静かに主と交わる場と時間が欲しい。まひるパパさんの言われるとおり、数とパフォーマンスで計るなよって、リバイバルを。それはいのちの問題なんですから、残念!

そう、罪(ハマルティア)とは「見当外れ」という意味なんです。

なお、関連して、Salt氏の落語「紅貧」は傑作です:
http://sakura.sarasou.com/cgi-bin/diary04/cdiary.cgi?room=ikemoto7

Commented by まひるパパ 2005年05月16日(月)23:10

「紅貧」楽しく拝見しました。
まひるママが感動しておりました。
「犬肉」は御免被りたいものです。

映画評(続き)-真の勇気-

主人公はイスラムのサラディンとの戦いでエルサレムを放棄するわけだが、その理由はただひとつ:民衆のいのちを守るため。これを条件に降伏するわけ。指導者が何をその決断のプライオリティーにするか、メンツを保つためにエルサレムを死守するのか・・・。

「華氏911」は少々ノーブルさに欠けていたが、Kingdom of Heavenは14万の一般民衆をイスラエルの利益と「自由と正義」の名の下に殺したブッシュに対する高貴なメッセージがあるように思えたが、私の読み過ぎか・・・。

"The Kingdom without conscience is nothing."という台詞も中々よかった。

映画評"Kingom of Heaven"

予備校での仕事の後、車修理にディーラーに行き、取って返して家内と次女といっしょに表題のレイトショーを観てきました。疲れているとは言え、映画はひとつの活力源です。

十字軍とイスラムの聖地エルサレムを巡ってのむなしい戦いを描くと同時に、主人公に「神の国は心の中にあるのだ。決して敗北することのないキングダムが・・・」と言わせるリドリー・スコットは信仰を持っているのだろうか?

世界の重石エルサレム。地上天国は統一協会も実現させようとしているが、クリスチャンも同じ過ちを犯しそう。このBBSのベニーヒン批判を見て反撃メールを送られた某クリスチャン団体の長の方がおられるとか?このサイトがそんな影響力があるとは思えませんが、驚きました。

現代の預言者集団による"宗教改革"やブッシュによる"十字軍"的イラク侵攻において、「フセインよ、神がお前を裁く!!!」と叫んだ福音派の牧師たち。ちょっと何かが狂い始めている感じがして、kamekameさんの言われるとおり、ちょっとというか、かなりコワイですね。普通が普通でなくなって、病識を失うことは重症の証拠。

ああ、気の小さい私は益々山に引き篭もりたくなってきました・・・。ちなみに映画の最後で、故郷に帰った主人公がエルサレムを守った英雄扱いされる場面で、「私は単なる鍛冶屋だ」と言う部分、いいですね。普通の人であることは幸いです。

小学14年生のお世話

ふう〜。今日も疲れました。今学生にVisual Basicを教えているのですが、いわゆるObject指向言語なんですね。ところがこの概念を理解するが中々大変でして、プログラムを組んでも走らない。理由が分からないと、小学生的に「センセー、うまくゆきません〜っ!」となるわけ。このような子達をひとりひとり面倒見て、バグを見つけて直してやるわけですが、これがこれが・・・。

でも、これでうまく行くと、「やった〜!」と無邪気に喜ぶわけで(おいおい、僕が直してやったんだろと思いつつも)、こちらもそれなりにうれしくなるわけです。昨今の大学生は小学13年生から始まるわけです。ふぅ〜。

なお、オブジェクト指向言語はかなり霊的な要素があるのです。こちらをどうぞ:

・「JAVAと信仰」
http://www.kingdomfellowship.com/Column/flowing49.html

で、明日のお世話の相手は駿台の浪人生。予備校の方がはるかにレベルの高い数学を教えているんですね、実は。しかし、あと3週間、休みがない・・・(汗)

さてと、川崎チネチッタの沖縄物産展で買った10年物泡盛をチビチビ飲ってちょっと抜くことにしよう(これが実に口にまろやかで旨いのだ)。

Commented by ICHIRO 2005年05月13日(金)22:04

ご無沙汰です。

Lukeさんって、<何でも屋>ですね。ブラックショールズで株で儲けたり、JAVAやVB教えたり、予備校で数学教えたり、バイブルカレッジやったり、と。

とにかくお疲れ様です。泡盛は私も好きですよ。

神の宇宙的ビジネス(オイコノミア)

デリヴァティヴ−これは中々面白い。オプション取り引きもよくもまあこんな仕組みを考え出す人がいるもの。ちなみに昨日のブラック&ショールズ方程式はノーベル賞経済学賞の仕事である。

神のご計画はオイコノミア(エコノミー)である。主は言われた、「タラントを増やせ」と。もし自分で運用できなかったら、土の中に埋めとくのではなく、銀行に預けよ、そうすれば金利が付く、とも。この発想はまさに金融のそのもの。もし主がトレーダーだったら相当に成績がいいことだろう。

私たちは宇宙的な神の経済あるいはビジネスに参加しているのであり、「清く・貧しく・美しく」のニッポンキリスト教的宗教に与っているのではない。金融の原則は金が金を生むこと。つまり「持っている者は益々豊かに、持っていない者は持っている物までも取り上げられる」。

私たちはキリストにあってあらゆる面で富んでいるべきなのだ。タクワン飯の裸一貫からの伝道などはまったく魅力がない。なぜ八ヶ岳の柳生氏の元に人が集まるのか、楽しいからである。豊かだからである。

結局地上における生活はエンジョイした者が勝ち。楽しいからする、楽しくないことはしない−単純である。つまらない神学論争や教派論争をしている間に、人は「キリスト教徒はご苦労様なこと」と、教会を遠巻きにするだけ。霊的「武士はくわねど」はもうやめるべきだろう。

量子力学とデリヴァティヴ

先週の相場の動きは私の読みどおりだったので、少々ゲインを得ることができた。で、今勉強しているのはオプション取り引き。これらはデリヴァティヴと呼ばれ、金融工学の研究の対象ともなっている。

面白いのは基礎になる数学は日本の確率論の大家伊藤清氏の確率微分方程式であり、実はこれはサイバネティクスのウィナーの理論の発展でもある。そしてネルソンは古典力学の運動方程式にこのウィナーのホワイトノイズを遥動項として入れ、伊藤の定理を適用するとシュレーディンガーの波動方程式が導けることを示した。古典力学から量子力学の基礎方程式が導ける!これは実に面白いことである。

で、デリヴァティヴの基礎方程式も伊藤型の確率微分方程式であり、これを導いたのがブラック&ショールズである。量子力学と株式相場の共通性−これが数学の醍醐味である。趣味と実益を兼ねて、しばらくエンジョイすることができそうだ(もちろんログハウスの資金にするのだ・・・)。

凍りついた時間

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050509-00000034-san-soci

遺族の気持ちです。「実感が湧かない」−これは分離という心理的メカニズムで、感情と観念を分離してしまうのです。感情がモロにこみ上げれば、自我は崩壊する危険に晒されるときに起こります。

私自身も親父の死を受け入れるのに足掛け5年かかっています。今回も田舎に帰って感じたことは、アレから時間が止まっていたことです。

その時間が溶け出すまで、何度も何度も自分の感情に直面しなくてはなりません。つらく、苦しいことですが、事実を直視すると共に、感情が伴わなうようになれば癒しが始まります。

ふう〜ツ

今日は午後から駿台の特別講義を4コマ。「バックアップ講義」と「フォローアップ講義」。最近は駿台も学生のレベルに応じて塾的な手当てが要るのです。そう風俗業的サービスですね。なにしろ予備校のセンセは「チョーク芸者」ですから、残念(※)。で、あと3回あります。

以前はバイブルカレッジで休み無しでやっていたが、さすがにシンドクなって、土曜日はオフにしていたのだが・・・。やっぱり疲れたぁ・・・。


※私の義兄は開業医なのだが、最近では自分は丸椅子に座り、患者さんを革張りの椅子に座らせるのだそうだ。患者は診察室に入るなり、オタオタするようだが、これで評判が違うわけ。で、彼は鶴見区の高額納税者です。医療も予備校も客あってナンボですから、あまり変わりません。教会はこうならないことを願いますが・・・。

自然と生きる

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               霧ケ峰から望む八ヶ岳

私の知り合いに明石庄作という陶芸家がいる。最近どこかの保険会社のCMに出ていたので驚いた。前に彼から湯飲みをもらったことがあるが、もしかすると彼が無名時代のこの湯飲み、けっこうな値段がつくかも知れない(取らぬ狸の何とやら・・・)。

で、彼はひたすら土に塗れて、練っては壊し、壊しては練り、焼いては壊し、壊しては焼くの繰り返しの日々を送っている。私の義兄も土にまみれて野菜を作りつつ、野鳥観察と夜空の星の観測に夢中になっている。同時に体を鍛え、最近もボストンフルマラソンや、アイアンレース(3.8キロの水泳+180キロの自転車+フルマラソン)を完走している。

思い起せば子供時代、自然にまみれての夢中に生きた時代には何の悩みもなく、日々是好日であった。田舎に帰る度にその泥や藁の匂いがプーンと甦る。臭覚は大脳の古い部分(辺縁系)辺りに神経が入るため、匂いの思い出は視覚的な思い出よりもはるかに深い記憶をビビッドに想起させる。田舎の匂いは私を少年時代に戻してくれるのだ。

義兄も言っていたが、歳を取ると自然が恋しくなる。人間は大脳皮質を発達させて知性で生きているが、インターネットやゲームで象徴されるその生き方はきわめて表層的なもの。いのちを忘れた虚しい神学論争も同じ。決して満足はない。否、むしろ人を狂わせる。自然は多分生命の根幹をコントロールする辺縁系や脳幹部に訴える生き方を提示するのだろう。それはズッシリとした生きる実感と満足感を与える。

そう、人は元々土(アダマ)なのだから。

八ヶ岳探訪B

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               雑木林−何ともいいです

八ヶ岳倶楽部は柳生氏の息子さんの真吾さんが運営している。詳細はこちら→http://www.yatsugatake-club.com/

若い頃、田舎はキライだった。諏訪盆地の中で一生を過ごすことを考えるとゾッとした。で、とにかく東京に逃げてきた。室生犀星の

 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや、うらぶれて異土の乞食(かたい)となるとても
 帰るところにあるまじや
 
の心境だった。
 
しかし今50を目前にして、何かが変わりつつある。まだ言葉では表現できないのだが、信州に対する抑圧していた愛情が芽生えつつあると言うか・・・。父親が亡くなってから、田舎に帰ることがこわかったが、今回ようやく私の心も父の死を受け入れつつあるようだ。その心の雪解けと共に、田舎に対する気持ちが変化している。実にいいのだ、田舎は・・・。

娘二人は順調に大学に進み、あと一人、息子をこの数年間で鍛えれば、ある意味で私の役目は終わる。そろそろ私と家内の、また二人だけの(いや、主を入れて3人の)人生を考えるべき時期に来ているかも知れない。この10年でじっくりと腰をすえて新しい人生の結末に向かう準備をしよう。

・霧ケ峰グライダー
http://www.kingdomfellowship.com/Cg/2005spring/DSCF0352.JPG

・別荘での語らいの時
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・柳生氏のハウス
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・柳生氏子息真吾氏と
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・八ヶ岳の渓谷
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八ヶ岳探訪A

                 柳生博氏と共に

義兄の別荘のすぐ傍(と言っても都会のセンスとはスケールが違うが)に俳優の柳生博氏のログハウスがある。で、今回彼と会って来た。かなり広大な敷地にレストランやガラス工房や木工工房なども構えて、「八ヶ岳倶楽部」と称して、この辺りの名所になっている。

柳生氏は39歳で俳優として突如売れ出した時、すでに家族を持っていた。で、一躍有名になったが、彼は舞い上がるどころか、人からの評価の上に人生を建てるならば、家族崩壊の危機感を覚えたそうだ。いいですね、なんと鋭い感性!

それで現金はまだ300万しかなかったが八ヶ岳に土地を買い、二人の息子さんも共に家屋の廃材やレールの枕木などを集めて汗水を流してログハウスを建て出し、家族がひとつにまとまったのだそうだ。今回NHKの園芸番組に良く出ている息子さんの真吾さんとも会えた。

いいですね、こういう生き方。都会にいて、無機質なインターネットやゲームにのめり込んで心を病み、引き篭もりだとかニートとか言っている若者は自然に戻るべきだ。ニッポンキリスト教界などに身を置けば、たちまち病んでしまいそう。自然の中に引き篭もること、主の御翼の影に潜り込む生活。私も原始生活に戻るモチベーションがますます高まり、「その日」を夢見ている。

八ヶ岳探訪@

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義兄の別荘@大泉

福島のS兄の山小屋は花粉症のため断念。その代わり私の地元の八ヶ岳山麓の別荘地を散策した。八ヶ岳は長野県側と山梨県側ではかなり雰囲気が違う。長野県側はピリっとした感じで規制も厳しく、その代わり管理なども行き届いている。山梨県側は自由である反面、雰囲気がゆるい。

神経科医師である私の義兄(元外科医、外科の方が楽だそうだ)が山梨県側の大泉に別荘を所有しており、スモークドサーモンなどを作りつつ、今回しばしの時を共に過ごす。彼は患者からの夜昼を問わぬ引っ切り無しの電話攻勢で、電話恐怖症(?)に陥っており、横浜をしばしば逃げ出している。山の香りには人の精神を癒す力がある。私ももうソロソロ引き篭もりに戻りたい・・・。