2006年08月23日

伊藤先生ガウス賞受賞

下で確率微分方程式の話をしてたら、これを創始した伊藤清先生がガウス賞を受賞だそうです(→記事)。その御歳90歳。

やや遅きに過ぎたと思うが、アインシュタインのブラウン運動からウイーナーの確率過程まで統一的に扱うことができる理論。物理学・工学・生物学・医学ではもちろんのこと、最近最も有名になったのがブラックショールズ方程式。そう、デリバティヴ(金融派生商品)の基礎理論で、ノーベル経済学賞となった。

ところが、この二人の学者を擁したLTCMは投資の失敗で破産!?わが友人の某経済学者も株はできない、家計は奥様に牛耳られていると言う次第。そう、学者と実務家は違うのだ。しかし賞金が150万とは!?もっと出せば野心に燃えてこう言った基礎分野に邁進する若い学者も出るだろうに・・・。

Commented by あ 2006年08月23日(水)16:50

Luke様は、お金を出せばもっと基礎研究が伸びるだろうにとの旨言われておりますが、単に優秀な個人に
お金を出せば良いものでもない様に思います。

やっぱり、ある程度の科学的考え方が出来る層が、
ある程度はいないといけないだろう。
#それにしても「2次方程式の公式を知らなくても
生きていけるから数学を学ぶことは必要ない」と言った某女史の発言は痛過ぎる。

でも、聞いた話、日本に限らず、先進国の若者たちじたい、忍耐力を要する基礎科学を勉強しない、つまり同じ金額もらうにもより少ない時間で手間をかけずに
方を選びたがる傾向が強くなっているそうですが、
現場の感覚としてLuke様はどう思われるでしょうか?

最後に、ご存知かも知れませんが、文科省が日本の数学研究について以下のような調査結果をこの6月に
発表しているので、ご参考までに紹介しておきます。

「忘れられた科学 数学 〜主要国の数学研究を取り巻く状況及び我が国の科学における数学の必要性〜」
ttp://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/pol012j/pdf/pol012j.pdf

Commented by Luke 2006年08月23日(水)19:02

う〜ん、率直に言って、金は十分なるモチベーションになりますよ。少なくとも私にはね^^だいたい、学生にもよく言うのですが、棒でボールをぶっ叩いたり、穴に転がして入れたりで億単位の金がもらえるのに、ノーベル賞取ったって数千万ですからね。だから早稲田の先生が研究費の流用したりみたいな事件も起きる・・・とは言いませんけどね(あれは自己責任ですが)。サイエンスの世界にも一攫千金のドリーム・ジャンボが必要でしょう。

Commented by 外科医 2006年08月25日(金)20:17

 ご無沙汰しております.尤も、ずっと、ROMっておりましたが...
 人間が幸福を感じるためには3つの満足が必要だと思います.1、社会的満足. 2、経済的満足. 3、知的満足.
 3つの満足がバランス良く満たされれば、それに越したことはないと思いますが、私にとって、医学部に進学した時点でも、外科医を志した時点でも、2>3>1の割合で、経済的満足の占める割合が高かったと思います.
 お金のコトを云々するのはキリスト教信者らしくないと言うご意見もあるかも知れませんが、経済的満足を追求することのどこがいけないのか?と心密かに思っています.

Commented by Luke 2006年08月26日(土)10:39

お久しぶりです。

そうですね、いわゆる「キリスト教」の価値観−しばしば聖書に書いてないもの−によって拘束されて、自作自演の不自由さの中に閉じこもる人が多いですからね。ある種束縛された方が楽な部分も人間にはあるわけです。

御名を用いること

昨日の『太陽』において、マッカーサーと天皇が対決する場面がある。マ:「あなたの親友が・・・」、天:「"親友"とは誰か?」、マ:「ヒトラーですよ」、天:「私は彼をまったく知らない」。

この場面を観て天皇を「神」として祭り上げた人々と天皇の関係が端的に描かれていたが、「天皇の名において」なされたことは、実は軍部の勝手によってなされていたのだ。

同じようにキリスト教界でもいずれ次のような会話がなされることになるだろう:

わたしに向かって、「主よ、主よ」と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢の者がわたしに、「主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか」と言うであろう。そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。「あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。」

「不法」とは「法に従わないこと」、すなわち神の御旨(=いのちの法則)を外すことである。今後人の目を惹く"偉大な業"が主イエスの名によって次々になされるであろう。巨大なフェイクの時代。しかし次のように書かれている:

偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。

このメガフェイクに対する神の処方は

以上、あなたがたを惑わせようとしている者たちについて書いてきました。しかし、いつもあなたがたの内には、御子から注がれた油いただいた塗油(原語)がありますから、だれからも教えを受ける必要がありません。この油が万事について教えます。それは真実であって、偽りではありません。だから、教えられたとおり、御子の内にとどまりなさい。さて、子たちよ、御子の内にいつもとどまりなさい。そうすれば、御子の現れるとき、確信を持つことができ、御子が来られるとき、御前で恥じ入るようなことがありません

パワー崇拝が罠になる。しかるに主はこう言ってフィラデルフィアの教会をほめられた:

あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らないと言わなかった。

Commented by ICHIRO 2006年08月23日(水)19:41

祈りと絶叫で悪魔と戦った一家、アパートから追い立て
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081155887014.html
だそうです。
まさかベニー・ヒンの影響ではないでしょうけど、、、
何と申すべきでしょうか。