2006年08月29日

神経験を阻む者は誰か

下の『国家の品格』において、西洋人と日本人では大脳の使い方が違うことを指摘したが、日本人にとって哲学や神学が「小学生にダブルのスーツ」となる理由もここら辺にあると考えている。だから、私はこういった議論には巻き込まれたくはない。

鈴木大拙は対象と自己の間に隙間のない経験、あるいは客観と主観が未分化の経験を「即非の論理」と表現した。「AはAにしてAにあらず」。臨済禅の公案と同じ。アリストテレス的論理学では決して理解し得ない。大拙の盟友であった西田幾多郎は「多即一の絶対矛盾的自己同一」と表現した。一方科学はこの主体と客体を分離しようとするが、その物理的実在ですら、例えば電子は波動にして粒子でもある。物質自体がド・ブロイ波として波動なのだ。かくしてミクロの世界では客観的観測自体が成立し得ない。客観と主観と言う概念が意味を失うのだ。
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Commented by kamekame 2006年08月31日(木)00:53

>最近売れ線の本の中に「私の十字架」を語っているものがあるだろうか?

最近というのが10年くらいの範囲でみますと、

Lukeさんの「真理はあなたを自由にする」では明確に私の十字架が語られているのではないでしょうか?しかも出版から現在に至るまで、すごく売れているのではないのでしょうか?最近も広告を見たように思えます。こんなに長年に渡って広告が出続ける書は珍しいのではないでしょうか?私も初版からの愛読者ですが、今も読んで新しく感じます。感謝です。

またニールアンダーソン氏の著作もそうだと思います。

また、ファミリーネットワークから出版されているスティーブマクベイ氏の「恵みの〜」シリーズもニール氏の主張とかなり重なっているように思います。

私が思いつくのはこれぐらいでしょうか。

やれやれ・・・

それにしてもこの妄想男は人騒がせなこと。ジョンベネちゃん事件は振り出しへ。この男、目つきが明らかに変。分裂病者などのこういったおかしな雰囲気をプレコックス感と言うが、キリスト教界にはけっこう多い。妄想持った人たちは最近はネットやゲームの影響でますます妄想を膨らませます。正常世界へ妄想者の世界が介入することにより、波紋を引き起こす場面が今後さらに増えるでしょう。西側世界にイスラム世界が入り込むようなもので、一種の"文明"の衝突とも言えます。特にキリスト教界はそのリスクが高いのです。

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温泉を探している。この時間がまた楽しいのだ^^